夏至祭
ついにこの日が来てしまった。
早朝から身支度を始め、ドレッサーの前に座る姿は高貴な聖女そのもの。
けれども、その中身たる珠希は緊張でガチガチに固まっていた。
「珠希様、大丈夫?」
「私達も一緒にいますから…」
「珠希様、お茶飲んでくださいな…」
聖女の従者として白の衣装を身に纏ったアリスにスイバとナズナは心配そうにそんな彼女に寄り添い軽食を勧めるも、当人はとても喉を通らず。
―――それもその筈。
これより披露する精霊の舞はかれこれ五年ぶりとなり、街の人々は聖樹を救った彼女の晴れ姿を一目見ようと王城にまで押し寄せている。
加えて城の出発地点から舞台は始まっており、馬ではなくセルヴス種と言う騎乗用ドラゴンの背に揺られて向かわねばならない。これも伝統だそうだ。
「こんなことなら、乗馬習っておけば良かった…」
化粧を施した肌を触らないように気を付けながらも覆うように両手を顔に近寄せる。
こちらの世界ではセルヴスドラゴンに乗るのは自転車に乗るようなものだそうで、日常の足としてヴォタニカリアでは国民の殆どが乗れるらしい。故に練習の機会を失った。と言うか、この大舞台で乗ることを忘れ去られていた。
「それにグラジオ様が護衛を兼ねて、手綱は引いてくださるそうですから…!」
アリスの慰めは寧ろ緊張を助長した。
一国の王子でもある騎士団長に直々に手綱を握らせるなど実に恐れ多い。
唯でさえ連日、夜中まで舞の練習に付き合わせていた手前である。
「…明日にでも、お礼回りしないとね…」
トホホと肩を落としつつ刻限を告げる鐘の音に重い腰を上げる。
練習で手汗の染み付いた伝統の杖を両手に抱え、アリス達三人を後ろに引き連れながら王城の正門へ。
盛大な拍手が鳴り響く中、そこには羨望の眼差しを向ける民衆と、有翼の鹿のような竜の手綱を握るグラジオが待っていた。
アリスによればこの竜はグラジオの相棒で、数ある戦場を共に駆け抜けたそうだ。
「藤崎女史、ダンテの角に手を掛けてください」
小声で指示を出しつつ、グラジオが手を差し伸べる。
すると竜は珠季が乗りやすいようにとその場に伏せ、言われた通りに角を持って跨がれば、不慣れな彼女を驚かせぬよう竜はゆっくりと起立。翼を立てて腰回りを包むように固定し、落ちないようにしてくれた。
これなら安心である。
「ありがとう…、優しい子ね」
ゆっくりと前進しつつ、お礼にと首筋を撫でる。
乗ってみて気付いたが、この竜の背中は翼がある分、足を引っ掛ける場所があって乗りやすい。確かに子供でも遊び半分で乗れそうである。
「…暇が出来ましたら、遠乗りでも行ってみますか?」
不意に掛けられた提案に、はたと珠希は凛とした背筋で手綱を握るグラジオに目を向ける。
「ダンテの背中が気に入ったように見えましたので…。慣れてくれば飛ばすことも出来ますよ?」
そう言って彼はこちらに目を向けながらフッと柔い笑みを零し、珠希は思わず顔を赤らめた。
―――これぞ男前の破壊力。
この角度、その微笑み。流石は異世界の王子様。恋愛乙女ゲームなら、キラキラファンシーなスチル画面になってそうである。
「き、興味は唆られますが、おっかないので…」
目を泳がせて苦笑いではぐらかすが、内心はときめきが止まらない。
これは心臓に悪い。色々な意味で宜しくない。
仕事柄、関わってきた異性はほぼほぼ小父さん、お爺さんばかり。故に年頃の殿方――尚且つイケメンに免疫が無い。
こちらに来てからと言うもの、ローレン王子のギリシャ彫刻のような美しい顔にやっと慣れてきたと言うのに新たな試練を加えないで貰いたい。
そもそもこの世界の人間は誰も彼も見目が良過ぎる。人並み―――否、汗で流れるからと基礎化粧品と日焼け止め以外、化粧っ気皆無でやってきてしまった三十路間近の身には肩身が狭い。侍女であるアリス渾身のスキンケアのお陰で近頃はマシにはなっているが、聖女の肩書に付随する人物像には程遠く―――、兎にも角にも荷が重い。
「珠希様、ご準備を」
そんな新たな声がけに我に返り、背筋を伸ばす。
余計な事に胸をざわめかせている内、城下町に到着した。
ここからは歩きである。
沿道の人々が精霊エルフィエナへの献花を手に待ちわびる中、竜の背から降りて杖を構える。
先導役のアリスは聖女のお通りを告げる鈴を鳴らし、その後ろを胸を張って珠希は続いた。
後ろではスイバとナズナが籠一杯の花弁を散らして祭りを彩り、人々は思い思いに歓声を上げる。
そんな賑わいの中、とうとう到着した大舞台。途端にドンッと鳴らされた太鼓の音に静寂を促され、凛と張り詰めた空気の中、珠希は舞の開始時点である絵柄の上に立った。
「ナズナ、頼むぞ…」
囁くスイバの声に頷き、ナズナが舞台の袖へ。
音頭を取るように太鼓の音が轟き、それに合わせてアリスもシャン、シャンと鈴を鳴らす。
―――三…、二…、一…!
太鼓と鈴の音に示された合図と同時。
可憐なナズナの歌声に合わせ、何度も練習して身体に叩き込んだステップを踏んでいく。杖の動きは大きく雄大に。武者震いで強張る頬を食いしばった笑みで隠し、悠然と気丈に舞を踊った。
恥ずかしがる暇なんてなかった。今日まで、どれだけの人に協力してもらったことか。彼らの為にも全力を出し切った。
最終地点に到達し、最後のポーズとして杖を高く掲げ、タンッと地面を一突き。同時にシャン!と一際の鈴の音が鳴り響いた瞬間、観衆は盛大な拍手と歓声を送り、珠希は思わず安堵の苦笑い。
―――後は杯の酒を飲み干すのみ。
構えていた神官より差し出された杯を受け取り、習わしの口上を述べて一気に呷る。
そうして、空になった杯を再び掲げた。
再び鳴り響く民衆の拍手の音。
安堵と高揚感に涙が溢れそうになりながら、珠希は見守る人々へと笑顔で手を振った。




