中央王室花園
そこはその昔、精霊エルフィエナが宿るヴォタニカリアの聖樹が自生していた場所であり、今や名残の石柱のみがその痕跡として残されている。
珠希が舞を披露するという舞台は丁度、聖樹が生えていた場所で、緩やかな円錐台の段上花壇の上にあり、床面には一面にモザイクタイルで絵が描かれている。
百年ほど前に遡るが、王城から程近いフルール丘陵の外れに隕石が落下した。陥没した落下地点は真下にあった地下水脈を貫いて広大な湖となり、一帯を潤していた豊かな川や泉が次々に干上がった。
聖樹のあったこの場所も例外ではなく、水不足に悩まされるようになった国は治水工事を決行。
その折、庭師一族ラウラセアは隕石の影響を受けず湧き水豊かな今の場所に聖樹の移植を試み、十年の歳月を掛けて根や枝を切り詰め、念入りな根回しの上で見事に成功させた。
元より水捌け良く湿潤な土が適しているヒイラギもしくはセイヨウヒイラギの類の為、聖樹は瞬く間に葉を茂らせ、回復を見せたそうだが、元の場所の地中に残った根からは瘴気と呼ばれる魔力が変異した毒ガスのようなものが発生。
王家とラウラセアは瘴気を無毒化する草花を至る所に植えて浄化を図り、瘴気が完全に浄化された現在、中央王室花園としてこの場所を民衆に解放。今日ではヴォタニカリアを誇る観光名所となっている。
「わあぁ!これは見事だぁ…!」
舞台より辺りを見渡し、珠希は感嘆の声を漏らした。
明るい色合いの自然石の石組みもさる事ながら、傾斜面一面に花を咲かせる地被植物や宿根草は力強く、生命力に溢れる。加えて、日没に伴う夕暮れの空はノスタルジックにビビッドカラーの花を引き立てた。
「珠希様!」
「こっちこっち」
「これこれ!」
若手三人の声に呼ばれ、軽快に駆け寄る。
足元を指差されて見てみれば、モザイクタイルの中に菱形の縁取りがあり、上には一を示すこちらの文字、そして両手に持った杖を掲げる乙女のピクトグラムが描かれている。
「ここが始まりです。ここから星模様に沿って次の絵を目指します」
アリスは説明しながら、星座のように線で繋がれた二種類の星模様を指し示す。
曰く六芒星は右足、八芒星は左足の動きを示し、これに沿ってステップを踏んでいくそうだ。
試しにステップを踏んで見れば、ジグザグだったり時々二つ並んでいる。子供の頃に遊んだケンケンパを思わせた。
「珠希様〜!」
「それにこの絵のポーズ〜!」
次の絵に来た所で、スイバとナズナが拳を握ってお手本のように両手を掲げる。
「えっと…、こう?」
一回最初の位置に戻り、見様見真似で帽子を杖に見立てて再びステップ。
若手はおー!と拍手を添えて頷き、駆け足で次の絵へ。
「こうの…こう?」
絵に従って今度は帽子を横に構え、ステップを踏みながら星模様に添えられた矢印に従い、くるりと回転。再び、おー!と拍手する若手に煽てられ、また次の絵へ。
そんな事を繰り返し、最後に十二と描かれた絵の上に到着。螺旋になっていた道標に導かれ、中央に立った珠希は乙女のピクトグラムに従い、帽子を頭上で一回し。
最後にトンっと地面を突くつもりで拳を下げれば、若手のみならず終始見守っていたグラジオとゼフィも拍手を送った。
「………、なんか解ってきたかも」
腰に手を当て、珠希は一人納得。
自然と見えてきた舞の全貌に、これなら出来そうだと安堵した。
「ちなみに当日はこれに音楽とか付くの?」
はたと思い付き、試しに確認。
「勿論です!この国の人なら皆知ってる歌です!」
そうアリスが力んで答えた時だった。
傍らでそっと息を整えたナズナから、高らかにソプラノの歌が奏でられ、思わず皆が目を奪われた。
―――夜明けの歌を奏でよう
小鳥が春を伝えるよ
木々よ目覚めて、芽を伸ばせ
虫も飛び立ち、花咲う
天馬が夏を呼んできた
せせらぎ轟け、雷鳴らせ
嵐に揉まれて、稔は豊か
蜻蛉が秋を連れてきた
肥えた雄鹿を追うは狩人
乙女の祈りを胸に下げ
巣篭もる冬がやってくる
霜雪降ったら、布支度
命よ耐えて、また逢う日まで
夜明けの歌を奏でよう…―――
余韻を残して終わった調べに、盛大な拍手が沸き起こった。
心が震えるとはこの事だ。
珠希達のみならず居合わせた人々が自然と集い、ナズナの歌に心を奪われた。
「あ…、えと…、どうもです…っ…」
鳴り止まぬ拍手にナズナは恐縮の様子で照れ笑い。
控えめで恥ずかしがり屋な彼女は、すっかり縮こまってしまった。
「ナズナ、凄ぉい!素敵〜!夏至祭でも歌って〜!私、ナズナの歌で踊るから〜!」
感激のあまり飛び付き、珠希はナズナにスリスリ。
おばちゃん全開で褒め讃える彼女に、ナズナは嬉しいながらに赤面。
そんな折だった。
「…ってことは、あの人が聖女?」
「あれが…?」
彼女の存在に気付き、民衆がざわめき始める。
その目は羨望に好奇を含み、俄に距離を詰める彼等にグラジオとゼフィは携えた剣を見せつけながら牽制を掛けた。
「…人が集まってきましたね。そろそろお暇しましょう」
民衆を警戒しつつ、グラジオが帰宅を促す。
聖樹を回復させ、国に再びの豊かさを与えた彼女は、一部国民の間では崇拝すらされている。
故にこのまま居座るのは危険と判断した。
「あ、あの、せめてメモ取りを…!」
「舞の手順は私が覚えております。さあ、お早く」
手帳を手に、ピクトグラムを書き留めたい珠希に対し、グラジオはその肩を抱き込んで帰館を促す。
取り付く島もなく、舞台から降ろされた彼女達は付いて来ようとする民衆を振り払い、通りで待たせていた馬車へと駆け込んだ。
「そ、想像以上に大人気…」
押し込まれる状態で乗り込んだ馬車の中、両脇にスイバとナズナを抱えて珠希は苦笑い。
「珠希様、ごめんなさい。私があんな大きい声で歌ったから…」
お騒がせしてしまったとナズナはシュンと肩を落とすも、珠希は弾ける笑顔で首を振った。
「ううん。良いもの聞かせてもらったわ」
「そうですそうです!とっても素敵でした!」
同感とばかりに向かい席のアリスも褒め、温かな眼差しでグラジオとゼフィも頷く。
そんな彼等にナズナと同じく顔を強張らせていたスイバもほっと胸を撫で下ろした。
「ナズナ、今度からは…」
「解ってるわ、兄様…」
窘める兄にナズナは尚も肩を落とす。
すると、二人を抱えていた珠希はガシッと二人を胸に抱き寄せて、ポンポンッとその頭を撫でた。
「まあまあ、そんな気にしない気にしない!何か壊したり迷惑掛けた訳じゃ無いんだから!次から気を付ければ良し!言うて私も自分がこんな人気者とは思わなかったし!あ、ランサス副長、さっき買ったキャラメルの箱出して頂けますか?」
落ち込みタイムはこれでお終いと言い聞かせ、終始荷物持ちをしてくれたゼフィに、食べ歩き中にちゃっかり買ったキャラメルの箱の開封を依頼。
隣に座っていたアリスと手分けして箱を開けてもらい、ひょいひょいと皆に配布。更に進行方向の小窓を空けて、馬を手繰る御者の人にもお裾分けした。
「夕飯前だけど、これくらいならね…!」
王宮の皆には内緒よ?とウインクしつつ、珠希はキャラメルを口へと放り込む。
そんなお茶目な彼女に、スイバもナズナも困ったように肩を竦めてキャラメルをパクリ。
俄に溢れた二人の笑顔にアリス達も安堵の様子でキャラメルを齧り、七時の鐘が鳴り響く中、一行は王城への帰路を進んだ。




