街歩き
王城ことフルール丘陵を下ること数十分。牛馬羊の群れが草を喰む御用牧場を抜け、緑輝く森を潜る。木漏れ日の美しさに目を細めながら海まで続く街道に入った珠希はその賑わいに目を見張った。
レンガ造りの異国情緒溢れる町並みに中世ヨーロッパに迷い込んだような人々の服装。露天に並ぶ季節の野菜や健やかに駆けていく子供達の姿はこの国の豊かさを示していた。
「綺麗な街…、素敵な所ね」
ワクワクと年甲斐も無く心躍らせる珠希に対し、隣のアリスはコロコロと笑顔を零した。
「そう仰って頂けて幸いです。全ては珠希様のお陰なんですよ?」
「え、私?」
「はい。珠希様が聖樹を回復させてくださったお陰でエルフィエナ様の力が戻り、以前にも増して国にマナが満ちるようになったんです。今年最初の小麦は間に合いませんでしたが、これから収穫するものに関しては上々の出来だそうです。きっと秋に向けて更に賑わいが増しますよ…!」
「そうそう!珠希様は本物の聖女様だって皆、褒めてるよ!前の聖女とは大違いだって!一目で良いから会ってみたいってさ!」
「私の友達も珠希様のお仕事手伝ってるって話したら凄く羨ましがってました…!」
アリスに続きスイバとナズナからのそんな情報に、珠希は戸惑いのあまり思わず照れ笑い。
普通に仕事をしただけなのに、気付かぬ内に聖女らしい事をしていたらしい。
「いやー、普通に仕事させてもらっただけですから〜」
緩む頬に手を当てて隠しつつ、謙遜の一言を述べながらも、内心は満更でも無く―――。
形はどうあれ人の役に立てたことは嬉しいものである。
「皆様、間もなく目的地付近に到着します」
御者と外の様子を確認していたゼフィより声が掛かり、珠希達はいそいそと降り支度。
紋章から伺い知れる王宮からの馬車に、人々は何だ何だとお祭り騒ぎ。
安全確認のため最初に降り立ったゼフィに続き、グラジオも軽やかに降り立ち、自らの身分を見せつけるように王家の紋章の入った剣に手を添え、辺りを睥睨。その睨みに恐れをなした野次馬は途端に蜘蛛の子を散らした。
「お手をどうぞ…、高いから気を付けて…、降りられるかい?」
人払いを済ませたグラジオは順繰りにアリス、スイバ、ナズナに声を掛けながら下ろして行く。
最後にいざ出陣と顔隠しの為の鍔広帽子を深く被った珠希は、差し伸べられた手袋越しでも分かる鍛え抜かれた手を取り、外行きのヒールの靴を鳴らして石畳に着地。
視線を上げれば、遠巻きに街行く人が尚も興味津々でこちらを見つめていた。
(ここは手を振っておくかな…?)
戸惑いつつも無視するのも気が引けたので、微笑みと共にお邪魔しますねと控えめに手を振る。
すると、人々は何かに気付いたのかざわめきだし、歓喜の表情を見せた。
「珠希様、こちらです!」
すぐ先の趣ある建物の前、扉を開くゼフィの横でアリスはお早く!と声を掛ける。
珠希は気を取り直してスイバとナズナも手招きするお店へと駆け足で入った。
強い陽射しの反動で途端に暗くなった視界。間もなく鮮明に目に映った店内には、宝石のように輝く小瓶の数々に壁一面に吊るされた薬草のスワッグ。棚に列を成す大きな猫瓶にはお馴染みのスパイスに見たこともない樹の実まで。
それはゲームや漫画でイメージされてきた異世界のお店そのもので、思わず感嘆の声が漏れた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声が掛かり、ハッと我に返る。
これまた正しくな白衣にモノクルを掛けたダンディな薬師は、胸に手を当て厳かに会釈。
しかもその耳は長く尖り、一目でエルフであると解った。
「貴方様が聖女様でいらっしゃいますね?店主にして薬師ロビン・ルージュと申します。ご来店の連絡は伺っておりました。どうぞこちらへ」
ゆったりとした所作で店主ロビンは、お店の奥へと案内。階段を登った先にあった調薬部屋には彼と同じ、エルフの白衣姿が粉にした薬草を乳鉢で混ぜ合わせていた。
「お求めはミンテオールでお間違い無いでしょうか?他にも相性の良いハーヴオールを取り揃えてみました」
接客カウンターに置いてあった目的のハッカ油―――もといミンテオールを差し出し、ロビンは並べておいてくれた他の商品を紹介。
ご丁寧に小瓶の下には効能の他、禁忌(混ぜてはいけない組み合わせ)に材料の花や草の挿絵も付けた説明書きが添えられていた。これは分かりやすい。
「…えっと…、では虫除けに効果のあるオイ…オールも頂けますか?」
こちらでの名詞に戸惑いつつ、ぱっと見で見つけた虫除けに使える香油をチョイス。
ロビンは快く応じ、予算も計算しつつ更に今後の仕事必要になるだろうと傷薬や湿布薬も購入。
最終的にミンテオールの他、香油を四つと外用薬をいくつか買わせてもらった。
「またのご利用をお待ちしております」
「ありがとうございました。また伺います…!」
最後まで丁寧な対応に大満足でお礼を伝え、お店を後に。
尚も照り付ける陽射しに目を細めながら、その足で近くの市場へと向かった。
*****
市場には夕餉の買い出しへと急ぐ人々が溢れ、気の早い酒場に明かりが灯り始めていた。
間もなくに迫った黄昏時の訪れを告げるように重厚な鐘の音が鳴り響く。
こちらに来てから聖園で度々耳にしていたが、鐘楼から打ち鳴らされるその音は国中に轟かんばかり。空に堂々と闊歩する綿飴のような入道雲を驚かせ、泣かせてしまいそうな程だった。
「珠希様!こっちこっち!」
「早く早く!」
楽しげなスイバとナズナに手招きされ、甘く香ばしい香りを漂わす露店へ。
何を作っているのかと思えば、大きな油の鍋に小さく丸めたお菓子の生地が投げ込まれている。
「珠希様、味は何が良い?」
「お砂糖だけか、ナッツミックス、ショコラもあるよ?」
商品が焼き上がっていく傍ら、ニコニコと注文を待つ老婆の前でカウンターのメニューを指差しながら二人は質問。
何やら元の世界の屋台のような取り合わせである。
後ろも閊えているので、二人の好きなものを選んでもらい、ナッツ風味に決定。
次第にふっくら膨らみこんがり焼けた一口サイズの揚げ菓子は軽く油を切った後、粉糖と炒ったナッツを砕いた粉と一緒に次々に紙袋の中へ。
銭を渡してそれを受け取ったスイバは、列の横へと逸れつつ、シャカシャカと口を閉じた袋を振って粉とまぶし、さあ召し上がれとばかりに珠希に差し出した。
熱々ホカホカを手早く摘み取り、パクリと口の中へ。
途端に舌に広がった甘みとアーモンドの香りに思わず笑みが零れた。
「珠希様!お飲み物です!」
いつの間にかいなくなっていたアリスがゼフィと共に飲み物を抱えて合流。
折角なのですぐそばの噴水の広場にて、皆で夕飯前のおやつタイムとなった。
「「「かんぱーい!」」」
これまた珠希から皆に広まった乾杯の挨拶を交わし、無礼講で揚げ菓子とジュースやエールを飲み交わす。
この国は水は豊富だが地質の問題で飲めるものは限られ、飲料水に関しては魔法で浄化している分、高級品扱い。
故に水よりも果実をそのまま絞ったジュースやお酒の方がリーズナブルで親しまれていた。
「珠希様、最後に中央王室花園に参りましょ!」
帰り際、アリスが年相応の無邪気な笑顔で珠希の手を取る。
「中央王室花園?」
何だか興味をそそられる名称に職業柄、目が輝く。
元の世界ではツーリングがてら各地の公園を偵察するのが趣味だった。地図アプリの口コミを参考に評価の高い公園を回り、何処の会社がどのように運営しているかなどを調べては管理の仕方を参考にしていた。また、その周辺の御当地グルメも堪能。勉強にもなるし、息抜きにもなって一石二鳥であった。
「はい!次の夏至祭で聖女であられる珠希が踊られる場所です!」
何気なく投げた質問に対して、とんでもない返答に思わず固まった。
「お、おおぉ、おっ、踊るっ?」
青天の霹靂とばかりの動揺の声にアリスのみならずスイバとナズナも苦笑い。
「我が国では聖女もしくは王家に連なる女人が夏至祭で聖霊の舞を披露し、聖杯に注いだ酒を飲み干すのが習わしなのです」
諭すようにそう答えたのはグラジオだった。
曰く、ヴォタニカリアの夏至祭は国の固有宗教であったエルフィエナ信仰の名残で、精霊エルフィエナがこの地に降臨した日を祝うものだそうだ。
聖樹教が幅を利かせていた期間も伝統として行われていたが、エルフィエナを讃える舞は封じられ、近年は女王が挨拶をして酒を呷るだけとなっていた。
「あー、もしかして陛下が喉を痛めた原因になった…」
はたと思い出し、珠希は顔を顰めた。
召喚された日に聞かされた話によれば、女王は聖園で収穫したエルダーフラワーの酒を飲んで声を奪われた。詰まる所、毒を盛られたのである。
「当日は私が毒見を致しますので、どうぞご安心を。多少の毒には慣れておりますので…」
過った不安を察したようにグラジオは笑顔で告げたが、寧ろ珠希は胸を痛めた。
毒慣れしていると言うことは、それだけ暗殺されかけたということを意味する。
「珠希様、大丈夫ですよ。唯、舞台に描かれた文様の通りに動けば良いんです」
「まだ夏至祭まで時間もあるし、俺達も練習手伝います!」
そっと萎れる背中を擦って、ナズナとスイバが励ます。
あどけない二人には、まだ珠希の憂いは正確には図り兼ねた。
「ささ、参りましょ!」
「「行こ行こ!」」
早く行こうと急かす無邪気なティーンエイジャーに連れられて、珠希は胸の閊えを抱えたまま中央王室花園へと向かった。




