騎士団の視察
昼を済ませて間もなく、珠希とアリス、スイバとナズナは緊張を滲ませた。
それぞれ小綺麗な格好に急いで着替え、中堅騎士団員の案内の下、やってきたのは聖園から見て王宮の建物の真裏。
ロの字型になっている王宮の広大な中庭にて、全騎士団の合同演習が行われていた。
中庭の造りは沈床花壇式で、底面は一面の美しい芝生。四方の傾斜面には季節の花が配置されている。
四隅にはお洒落な街頭がすっくと立ち、宮殿正面玄関から聖園へと突き抜けるように階段が設けられている。
聖園側の階段の傍らからは、聖園の水源から流れるせせらぎが芝生の中に掘られた溝へと流れ込み、魔導演習に用いられるフィールドを描き出す。
この流れ込む水を利用して現在、防球ネットの如く氷の防壁が展開。苛烈な魔法の攻防は、その防壁に容赦なく火の粉を打ち付けていた。
「聖女様、どうぞこちらへ」
近衛騎士団長であるグラジオに誘われ、西の傾斜地に設けられた貴賓席へ。
途端に角笛が吹き鳴らされ、訓練に励んでいた鎧姿の新米騎士達はキビキビと整列。
魔法が解除され、霧となって防壁が崩れる中、整然とその猛々しい眼光を珠希に集中させた。
「一同!敬礼!」
中央の隊列の先頭に立っていた壮年騎士の合図に、一同は胸の中央に指を揃えた手を宛てがう。
こちらでの敬礼の所作である。
「…フジサキ女史、お手をお振りに…」
傍らより小さく掛けられたグラジオの指示に、珠希は戸惑いながらも手を振って見せる。
すると騎士達は表情を綻ばせ、微かに聖女様だ…と羨望の眼差し。
何やら熱さの籠る視線に、こんな泥臭い聖女で申し訳無いと恐縮した。
「直れ!これよりグラジオ・ヴォタニカリア団長及びゼフィ・ランサス副長による練習試合を見学する!一同、見学席に就け!」
踵を返し、声を張った壮年騎士に新人達は気を改め、キビキビと端に移動。
間もなく歩み出たグラジオに続き、四隅で新人達の稽古を見守っていた銀髪の騎士がフィールドに立った。
双方、ペコリと頭を下げて腰に差した剣を抜刀。
その直後だった。
先手を取ったのは銀髪の騎士ゼフィ。
詠唱しながら懐に忍び込まんと姿勢を低く駆け出し、鋭くグラジオへと切っ先を立てる。
しかし、グラジオはその刃先を展開した菱形の防壁であしらい、無詠唱で火球を召喚。放たれた氷の矢を相殺し、飛び退くゼフィに反撃の雷撃を連投。
けれども機敏な動きを封じる事は叶わず、激しく剣戟が繰り返される。
「凄い…!」
「格好良い!」
間近で見る騎士の戦闘に、スイバとナズナは興奮。
珠希もアリスも、ほぉ!と関心を寄せた。
いくつかの魔法の激突と剣のぶつかり合いの後、頃合いを見た双方は距離を取り直して一礼。
それを合図に歓声と盛大や拍手が沸き起こり、珠希達も嬉々と拍手を送った。
「これにて練習試合の見学を終了する!各自訓練を再開せよ!」
再びの号令が轟き、新人はやる気満々でフィールドに駆け足。
それと入れ替わるように、グラジオと副団長ゼフィは剣を収めて、珠希のいる観覧席へとやって来た。
「お疲れ様です。あまりの迫力で思わず魅入ってしまいました。楽しい時間でした…!」
会釈の上、嬉々と感想を伝える。
そんな珠希に、恐縮だと述べながらグラジオは何処となく照れ笑い。
あれだけ激しい戦闘だったというのにどちらも大した汗も掻かず涼しい顔だ。流石は国家防衛を担う御仁らである。
「失礼致します!」
快活な挨拶を添えて、見計らったように女王の侍従がやってきた。
「間もなく馬車の用意が完了いたします。皆様、お支度の上、正面玄関のロビーにお集まりください」
その知らせに一同は了解の返答。
訓練の鎧姿のままと言う訳には行かないので、グラジオと副長ゼフィは一端、着替えをするため宮殿の西にある騎士の宿舎へ。
その背を見送り、珠希達は一足先に王宮の玄関へと移動を開始した。
*****
今更知ったが、聖園に王宮そして召喚された礼拝堂は、王城と呼ばれる超大型行政施設の中の中央にあり、ヴォタニカリア国土全体を見下ろすような山の上に存在していた。
ただ山と行っても標高は二〇〇メートル程度。山の多い日本に暮らしていた珠希にしてみれば大した高さではないが、眼前に広がる大パノラマは圧巻の一言である。
「北に見えるのは霊峰ヴィスタです。あの山から一帯に広がる樹海は、精霊族のテリトリーなので治外法権になります。大昔の大戦以来、我々はこの王城より南を領地として貰い受けて暮らしています」
北の遠方に聳え立つ高嶺を指差し、アリスは説明。
元の世界のイギリスがどうだったかは生憎記憶に無いが、このヴォタニカリアの領土は主に三つの地区に分かれている。
まず元の世界で言うグレートブリテン島に該当するエレヴォタニカ島の中央、現在地のフルール丘陵を起点に南北に分かれ、北はエルフやドワーフと言った精霊族と呼ばれる存在の領地。南が人族こと人間の領地。更に西のアイルランドに該当する地域――こちらでは半島になっているフィーユ半島には魔族と称される人魚や獣人と言った存在の領地となっている。
「じゃあ、グラジオ団長はそのフィーユ半島で修行を積んだってこと?」
「はい。精霊族と違って魔族は好戦的なので苦労をなされたと伺っています。何分、実力主義の種族ですから…」
「あ〜、俗に言う拳で語り合うタイプか」
他愛も無く喋りつつ、珠希は成程と掌に当てた拳を鳴らす。
この世界には人間の他に人に似て非なる多様な種族が居ることは知っていたが、こうして元の世界とは違う景色を前にして聞くと現実味を感じるものだ。
「彼等はそこまで傍若無人ではありませんよ。寧ろ人族の方が柵が多くて話が通じないくらいです」
そんな言葉に振り返れば、カジュアルな格好のグラジオと副長ゼフィの姿があった。
「改めまして女王陛下よりこの度、聖女様御一行の護衛任務を拝命しました近衛魔導騎士団長グラジオ・ラウス・ヴォタニカリアです。どうぞ良しなに」
「同じく護衛を務めます。副隊長のゼフィ・ランサスと申します」
姿勢を正し、双方は自己紹介の上で深々と頭を下げる。
大変丁寧な対応に珠希は自然と背筋を伸ばした。
「この度は私共の我儘にお付き合いくださり、恐縮の限りです。どうぞ宜しくお願い致します」
緊張を滲ませつつも、仕事で身につけた柔らかな笑みを浮かべて会釈。
造園という職業は黙々と仕事をするイメージが強いが、実際のところ中々の対人仕事で、特に個人邸では施主の意向を事細かに聞き取る必要があり、機転や対話力も試された。
ガサツさが尚も否めない珠希であったが、その経験が役立ち、今のところ上手く立ち回れている次第だ。
「では、参りましょうか」
グラジオの一声に頷き、一行は到着していた大型馬車に乗り込む。
爽やかな夏の香りと燦然と輝く陽の下、彼等は早速、城下町へと向かった。




