十八章 水路の街ウォルサム
少し手前でカゴから降ろしてもらって、目的地まで歩くことにしたタカル。
川沿いを上流に向かって歩いていると、三股の川の分岐点で男たちのケンカを発見。
なんでも数百年前から、三股水路での水流の取り合いがあるそうです。
タカルは少し悩んだあと、曲線を描くタガ受けを作ったどうだろう、と言いました。
いぶかしがる男達をあとに、目的地ウォルサムに進むタカル。
水路の街ウォルサムは、石鹸が有名。
タカルは居住区に住む、水路で洗濯をしていた女性に話しかけました。
「すいません。ここらへんに、翁はいますか?」
「ああ、はい。わたしの祖父です。シュガーホールさん、ちょっと待ってね」
「今使っているこの石鹸は、もしかしてあの有名な?」
「そうです。食べれるくらい安全な石鹸です」
「すごいや」
「うちの祖父、みんなには翁って呼ばれていますが、なまりが濃ゆいです」
「どれくらい?」
「父をかいさないと、孫の私でも話ができません」
「つまり、何を言っているのか分からない、と」
「そうなのです」
「なるほど・・・水路の案内人はどなたなんだろう?」
「大丈夫、父です」
招待された泊まる家に案内してくれたのは、その家の一人娘ジュエラ。
丁寧な敬語を使ってくれるが、タカルからするとどこか片言だ。
すぐ近くに目的地はあって、そこに翁とジュエラの父が待っていた。
まず、「いつの間に恋人を作ったのか、愛孫よ」と言っています、と訳される。
このひとはお客様です、とジュエラが言うと、なんて言っている、と息子に聞く翁。
なにかをぼやきはじめた翁にかぶって、ジュエラの父が言う。
「歓迎しますよ、お客人。ぜひこの街巡りを満喫してください」
「それはおじぃさまの言葉を訳したのですか、父よ」
「いいや、きっと君のおじいさまも、そんなことを思っているんだ」
「そうなのだそうです、シュガーホール」
「独特な魅力のかもしだしかたがすごい。出会いに感謝します」
それからの滞在はジュエルと友人である約束をして仲良くなったタカル。
ジュエルの父に案内されて、水路を見て回ります。
その作りに驚いたり感動したりで、タカルにとってその場所は新鮮でした。
ただ、水の神を拝みなさいと言われ、戸惑うタカル。
「普段の感謝をします」
そう言って手を合わせたタカルに、不思議そうにこくびをかしげるジュエル。
「なぜですか?水の神を拝まないのは?」
「分からない」
「ケンカしますか?」
「僕は、拝むが、分からない」
驚きすぎて何も言えなくなったジュエラは、しばらく口をきいてくれませんでした。
「嘘だと思われたんでしょうか?」とタカルが言うと、ジュエラの父が言った。
「いや、戸惑っているのだと思う。ジュエラは信仰深い子で、優しい子だ」
「友人の証として、彼女に花を贈りたい」
「ほう、彼女はユリの花が大好きだ」
「なるほどっ、作品も思いついたっ、ありがとうジュエルのおじさんっ」
数日後、ジュエルが洗濯をしている時に、タカルは彼女に話かけました。
「怒ってる?」
「戸惑っているのです」
「仲直りしたくて、優しい君がきっと喜ぶ贈り物を用意したよ」
「どんな?」
「目をつぶって、水路の中に立ってみて?」
「一緒にですか?」
「それでもいい。タイミングを合わせるから、目をつぶって?」
水路に立ったジュエラは、両手で顔をおおって、そして指の間からタカルを見る。
分かったよ、と、目隠しをしに水路に入るタカル。
「来た来た。ジュエラ、仲直りしよう、花のプレゼントだっ」
「なになに?」
背後に回っていたタカルが手の目隠しを放すと、上流からユリの花が流れてきます。
その数、約千本の切り花。
色んないろのユリの花が、水の流れに乗って足元までたどり着き、通り過ぎていく。
「すごい~~~~~っ、みんなも驚くねーっ」
水路で水をかけあって遊びだすジュエラとタカルを見守る、ジュエラの父と翁。
一方仲直りしたその日から、翁が何を言っているのか分からないふたり。
どうにいか翁と少しでも話せないのか、とそこまでの親友に。
何を言っているんでしょうか、分からない、と言っては、ジュエラの父はかぶりを振る。
少し時間が必要なのかもしれない、とタカルは思います。
そして翁と少しでもいいから話がしてみたいと言うジュエラの涙を見ました。
ジュエラは真面目でとても気さくな可愛らしい娘で、そこに計算などありません。
タカルはそんなジュエラに、友人として自然と惹かれていきました。
話し合った結果、なぜか「ティディア・オーレ」は、いい言葉のような気がしました。
ふたりの耳が聞き取るに、翁は時々、「ティディア・オーレ」と言っています。
ジュエラの父言わく、「私が言っているのだから喜ぶように」という意味に近い。
それから、翁がぜひタカルをジュエラの婿に欲しがっていると知らされます。
ふたりは、やっぱりか、とぼやいいて顔を見合わせ、かぶりをふって笑い合います。
「祖父とどうにか話をしたいです」
「なるほど。ありがとう、みたいに、使えないかな?」
「分かる、分かる。ティディア・オーレのことですね」
「そうそう。そして僕は、そろそろ別の街に行くよ」
「分かったですよ、タカル、あなたは一生の友人です」
「分かったよ、ジュエル、きっと君のことを忘れない」
顔を見合わせうなずきあったふたりは、ジュエラの父同行のもと翁に話をします。
「翁、話があります。ふたりは結婚しませんが、結婚の話をありがとう」
ジュエラの父が訳し、翁はむずかしそうに沈黙。
タカルとジュエラは息を合わせ、「ティディア・オーレ」と言いました。
ぎょっとした翁の表情がぱっと明るく変わります。
「分かる、分かる」
今度はジュエラの父が感動に涙を見せ、そののち秘密にしておいてくれ、と言われます。
街を出る前に執筆をしたタカルに、報せが来ます。
街の下流、三股水流のケンカに終止符が打たれた、と。
タカルの言った通り、曲線を描くタガを取り付けて、問題は解決したのだそうです。
タカルは机に向かい、まだ題名を決めていない作品をジュエラに話します。
=====
大きな水門の
門番になることになった
弟のために、
弁当を持参する女がいた。
水門の持ち主の息子は、
優しく賢く働き者の美男子だ。
その美男子がみそめたのが、
水門の番人
ラリック・リリーズの姉だ。
ふたりは惹かれあい、
やがて結婚することになった。
ただひとつ、
問題があった。
水門の番人は、
占いで決められたもの。
緊急時にしか、
交代は許されない。
辞職も契約期間まで許されない。
ラリック・リリーズを
結婚式に
呼びたいと思った姉は、
旦那になる男に
解決をゆだねた。
そして結婚式当日、
水門につながる水路に
いっぱいの
ユリの花が流された。
ラリック・リリーズは
それを知り、
水門の持ち主の息子に、
報告に行った。
「報告はあとで聞く。この場にいなさい。担当こと義理の兄の責任である」
結婚式に出席する形で
その場にいた弟に
姉は大喜び。
そして何事があったのか
聞き知った民たちが、
どうか
罰しないで欲しいと、
水門の持ち主に願った。
それに感動した
水門の持ち主は、
その日を
ラリック・リリーズ
と
呼び、祝日にした。
ラリック・リリーズの日は、
水路にいっぱいのユリの花が
今でも流される。
=====
「ジュエラ、このお話はまだ題名がないんだ」
「ひねって、祝日、は?」
「ん~・・・」
「単純に、ラリック・リリーズ」
「ほう・・・」
「あ。『祝日ラリック・リリーズ』?」
「それだっ。ありがとう、ジュエラっ。題名はそれにしよう」
「お役に立てて光栄だよ」
タカルはジュエラとの一生の友人の誓いをして、次の街に向かいます。
水路に現れた色んないろのユリの花のうさわは、いつの間にか各地に広まりました。
伝説とも呼べる逸話になり、はては神話へと変わりそうです。
そんな現象を聞き知ったひとりの青年が、ほぅ、と関心を示します。
「どれ、しばらく時は経ったが、街にでも降りてみるか」
長い髪の青年が、きりもやがかかった白い石造りの階段を下りて行きます。
小荷物をまとめたその青年に、木の枝に停まっている鳥が言いました。
「《どこにいくの、サプリスカ?》」
「ちょっと、そこまで」
魔法使いサプリスカは、どうやらうわさに聞いたタカルを気に入ったようでした。




