十七章 色街の香のかおり
オダンマリンに滞在し、タカルは若手の花魁たちに読み書きの楽しさを教えました。
そしてそんな奇特なタカルのうわさを聞いた、オダンマリン場末。
オダンマリンの場末は、あばら家と毛艶がない女ばかり。
そこに居座っている遊女がひとり、いつもの客に言いました。
「桜司、つうんは、わてのことで、シュガーホールの作品はわてが考えてん」
「なんだって?」
「嘘、やない」
寝ころんでいた男が、人数そろえるか、とぼやき立ち上がりました。
遊女が小さな声で、冗談の類かもなぁ、と男に聞こえないように言います。
「本当のことだろうな?」
「シュガーホールから、作品、取り返してんか?」
「分かった。殺してでも取り返す」
「それが、ええ」
唯一の出入り口である橋に、見張りがつきました。
オダンマリンでは、盗作が死罪、盗作する者を裁く役割が自然とできてしまいます。
ただ、それが正義のもとに属しているのかが、問題でした。
歴史的に、冤罪で処刑された花魁がいるからです。
街をしめている支配人が、タカルに会いたいと言いました。
夜、ちょうちんの灯りが闇にとろりと溶けそうな頃。
ヤナギの葉が風に揺れ、水面はわずかに揺らめきました。
屋形船に呼ばれ、豪華な食をいただいたあと、タカルが気を使って話を始めます。
「ぜひ、聞いてもらいたいお話がひとつ、あります」
「ほう、なにかな」
お話の題名を、【尾要無:おいらん】、と言います。
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置屋の豪華な部屋に、ひとりの花魁。
側には、仕えの男がひとり。
「こんな顔で行脚はできないよ」
「それでも皆が待っているとのこと」
「そんなことより、辻斬りに巻き込まれたあの新入り、どうしているね?」
「はい、それが・・・」
「なんだい?」
「あの器量よしの御嬢さん、こちらの件を黙るために、喋れないふりをしてるとか」
「なんだぁってっ?」
顔を伏せていた金猫が、切りつけらた傷口をあらわに顔を上げる。
「その御嬢さん、入ったばかりなんだが、想い人に操を立てたいだのと・・・
いやはや、最近、くちべらしだのなんだのと」
「ほーう・・・」
「どうなさった?」
「その子ぉを、行脚させたらいいんや。あちきの名前でなぁ」
そして―・・・
桜舞い散る頃、高下駄を履いた花魁がひとり、極上とも呼ばれる道を歩む。
伏目がちなその目からは、なぜか涙という雫が落ちそうで。
どこか高飛車に見えなくもないその孤高の威厳が、衣を着ている。
その年、その女の顔に傷はなかったと、何者かが言った。
=====
話が終わると、支配人は「ほう、ほうほう」と少し嬉しそうにしました。
それを感じ取ったタカルは、さらに話を続けます。
「別のお話もあるのですが、花魁さんたちが喜んでくれています。
写本をしたいから、文字の読み書きをおぼえる、と」
「ほう、それで?」
「はい、それで、僕の話をメモしたノートを写本しておきました。
それを、支配人、あなたにまず贈りたい。
あなたの許可が出たなら、読み書きを望む子たちに、僕のお話を届けてほしいのです」
「ほう、分かったよ」
渡されたノートをじっくりと読み、タカルの待つ中、支配人が顔を上げました。
「どれも、素晴らしいね。きっとお客様も喜ぶよ」
「はい、気に入って下さったなら、さしあげます。
もちろん、作者としての権利は僕にありますが」
「分かる、分かる。君はもう、ここを出なさい」
「はい。そろそろ次の街に移りたいと思っていたところです」
「出入り口に、君の命を狙っている者がいる、と聞いた。
どれ、ここはひとつ、守ってあげよう」
翌日、昼前。
出入り口である橋に、タカルの命を狙う男達が待ちかまえています。
そこに、男ふたりがかつぐカゴが通ります。
「おい、誰が乗っている?」
「へい、なんでも身内に不幸があったとかで」
「中を見せろ」
「いえ、急なこって化粧をしてねぇから見られたくないと」
「中の者が言っていたのか?」
「へい」
その時、カゴの中の人物が身じろぎをしたのか、女物の衣の端が見えました。
粗野な男のひとりが、その着物の香りをかぐと、遊女特有の香。
「いい、もう行け」
カゴは出入り口を抜け出し、中の者が溜息を吐きます。
カゴの中にいるのは、香を焚き染めた着物を頭からかぶったタカルです。
支配人はタカルがオダンマリンを出たあと、
シュガーホールが作者として、
タカルの作品を花魁たちに広めました。
そして出入り口に、立て札が建てられます。
【 盗作されたと嘘をついた遊女、場末に在住にて、花魁に尾がはえた報せ 】
それを近くにいた者に読んでもらった盗作を許さぬ男達が、ほう、と納得します。
「あの女、嘘をついたのか」
「ほーう、ほうほう、ぜひ確認に行こう」
「盗作も許さんが、盗作されたと嘘をつくのも許さぬ」
「すぐに、あの遊女のもとへ向かおう」
「そうしよう」
こうして出入り口の勝手な男たちは場末に向かい、
タカルを心配していた皆が、その知らせを受け胸をなでおろしました。
オダンマリンを出たあとしばくして、タカルはカゴの中でぼやきました。
「献血したくなってきた」
カゴは、次の街へとタカルを運んで行きます。




