表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月花蜜水夜 ペリドティ・アルーア  作者: タカル・ファ・グライス
20/31

十七章 色街の香のかおり



 オダンマリンに滞在し、タカルは若手の花魁たちに読み書きの楽しさを教えました。


 そしてそんな奇特なタカルのうわさを聞いた、オダンマリン場末。


 オダンマリンの場末は、あばら家と毛艶がない女ばかり。


 そこに居座っている遊女がひとり、いつもの客に言いました。


「桜司、つうんは、わてのことで、シュガーホールの作品はわてが考えてん」


「なんだって?」


「嘘、やない」


 寝ころんでいた男が、人数そろえるか、とぼやき立ち上がりました。


 遊女が小さな声で、冗談の類かもなぁ、と男に聞こえないように言います。


「本当のことだろうな?」


「シュガーホールから、作品、取り返してんか?」


「分かった。殺してでも取り返す」


「それが、ええ」



 唯一の出入り口である橋に、見張りがつきました。


 オダンマリンでは、盗作が死罪、盗作する者を裁く役割が自然とできてしまいます。


 ただ、それが正義のもとに属しているのかが、問題でした。


 歴史的に、冤罪で処刑された花魁がいるからです。


 街をしめている支配人が、タカルに会いたいと言いました。


 夜、ちょうちんの灯りが闇にとろりと溶けそうな頃。


 ヤナギの葉が風に揺れ、水面はわずかに揺らめきました。


 屋形船に呼ばれ、豪華な食をいただいたあと、タカルが気を使って話を始めます。



「ぜひ、聞いてもらいたいお話がひとつ、あります」


「ほう、なにかな」


 お話の題名を、【尾要無:おいらん】、と言います。



 ===== 


 置屋の豪華な部屋に、ひとりの花魁。


 側には、仕えの男がひとり。


「こんな顔で行脚はできないよ」


「それでも皆が待っているとのこと」


「そんなことより、辻斬りに巻き込まれたあの新入り、どうしているね?」


「はい、それが・・・」


「なんだい?」


「あの器量よしの御嬢さん、こちらの件を黙るために、喋れないふりをしてるとか」


「なんだぁってっ?」


 顔を伏せていた金猫が、切りつけらた傷口をあらわに顔を上げる。


「その御嬢さん、入ったばかりなんだが、想い人に操を立てたいだのと・・・


 いやはや、最近、くちべらしだのなんだのと」


「ほーう・・・」


「どうなさった?」


「その子ぉを、行脚させたらいいんや。あちきの名前でなぁ」



 そして―・・・



 桜舞い散る頃、高下駄を履いた花魁がひとり、極上とも呼ばれる道を歩む。


 伏目がちなその目からは、なぜか涙という雫が落ちそうで。


 どこか高飛車に見えなくもないその孤高の威厳が、衣を着ている。



 その年、その女の顔に傷はなかったと、何者かが言った。

 =====


 話が終わると、支配人は「ほう、ほうほう」と少し嬉しそうにしました。


 それを感じ取ったタカルは、さらに話を続けます。


「別のお話もあるのですが、花魁さんたちが喜んでくれています。


 写本をしたいから、文字の読み書きをおぼえる、と」


「ほう、それで?」


「はい、それで、僕の話をメモしたノートを写本しておきました。


 それを、支配人、あなたにまず贈りたい。


 あなたの許可が出たなら、読み書きを望む子たちに、僕のお話を届けてほしいのです」


「ほう、分かったよ」



 渡されたノートをじっくりと読み、タカルの待つ中、支配人が顔を上げました。


「どれも、素晴らしいね。きっとお客様も喜ぶよ」


「はい、気に入って下さったなら、さしあげます。


 もちろん、作者としての権利は僕にありますが」


「分かる、分かる。君はもう、ここを出なさい」


「はい。そろそろ次の街に移りたいと思っていたところです」


「出入り口に、君の命を狙っている者がいる、と聞いた。


 どれ、ここはひとつ、守ってあげよう」



 翌日、昼前。


 出入り口である橋に、タカルの命を狙う男達が待ちかまえています。


 そこに、男ふたりがかつぐカゴが通ります。


「おい、誰が乗っている?」


「へい、なんでも身内に不幸があったとかで」


「中を見せろ」


「いえ、急なこって化粧をしてねぇから見られたくないと」


「中の者が言っていたのか?」


「へい」



 その時、カゴの中の人物が身じろぎをしたのか、女物の衣の端が見えました。


 粗野な男のひとりが、その着物の香りをかぐと、遊女特有の香。


「いい、もう行け」


 カゴは出入り口を抜け出し、中の者が溜息を吐きます。


 カゴの中にいるのは、香を焚き染めた着物を頭からかぶったタカルです。



 支配人はタカルがオダンマリンを出たあと、


 シュガーホールが作者として、


 タカルの作品を花魁たちに広めました。



 そして出入り口に、立て札が建てられます。


【 盗作されたと嘘をついた遊女、場末に在住にて、花魁に尾がはえた報せ 】



 それを近くにいた者に読んでもらった盗作を許さぬ男達が、ほう、と納得します。


「あの女、嘘をついたのか」


「ほーう、ほうほう、ぜひ確認に行こう」


「盗作も許さんが、盗作されたと嘘をつくのも許さぬ」


「すぐに、あの遊女のもとへ向かおう」


「そうしよう」



 こうして出入り口の勝手な男たちは場末に向かい、


 タカルを心配していた皆が、その知らせを受け胸をなでおろしました。



 オダンマリンを出たあとしばくして、タカルはカゴの中でぼやきました。


「献血したくなってきた」


 カゴは、次の街へとタカルを運んで行きます。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ