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月花蜜水夜 ペリドティ・アルーア  作者: タカル・ファ・グライス
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十六章 「乙田夢真凛:オダンマリン」



 旅の途中で十五歳になったタカルは、色街のある地区へとおもむいていました。


 堀川が区切り、大きな橋でつながっている地区、オダンマリン。


 色街の中でも、オダンマリンは有名な大きな地区です。


 ひとつの村のような印象さえあるそこに向かうに、タカルは涙橋を思い出しました。



 橋の辺りにいた女性の着物を着た男が、タカルを見つけて近づいて来ます。


 橋から堀川を見つめているタカルに、その者は言いました。


「ちょいと、そちら様、シュガーホール君ではないの?」


「はい、桜の木が移動するのを見せてくれるって言うので」


「ほうほう、あたしはオダンマリンをしめてる者のちょっとした知り合いよ」


「それで、お願いって何なんです?」


「最近情緒を持たない春売りが、花魁たちを不安がらせているんだよう。


 それでねぇ、義理の子供が六人いる、っていうそちら様の話をしたんだ。


 そしたら、会ってみたいってさぁ。


 物書きさんだって聞いているし、なんでもいいから、会ってやってはいけんかね」


「別にかまいませんよ」

 

 

 色街に骨をうずめる女たちの代わりに、桜の木を植林して、外に移動させる。


 そんな儀式的情緒がここオダンマリンにはあって、普段はそれを見れません。


 都合が重なり、花魁たちと話をする代わりに、その貴重な作業を見せてくれるとのこと。



 タカルは桜の木の移動を神妙に見つめ、そして山吹色の柱の店に呼ばれます。


 わいわいきゃあきゃあとしている若い女に対し、熟年花魁は苦笑しています。


 十五歳になって本格的に酒が飲めるようになったタカル。


 若手ににつがれる杯の酒に酔いながら、熟年花魁を気にしています。 


 

 さかづきに


 かげるまつげや


 さかなかな



 タカルが突然詠んだ俳句に、熟年花魁がはっとします。



「だ、だんなさん、うたを読むんかい?」



 それから打ち解けた熟年花魁と、俳句を詠んで楽しむタカル。


 若手たちは、まだよく分からない、と言いながらも、関心しています。



 膳をつつきながら、熟年花魁の舞を見て喜ぶタカル。


 タカルが必ず勝ってねとうながし、熟年花魁はタカルとジャンケンを始めました。


 お礼がそろそろ届くよ、とタカルが言います。


 そこに、タカルが注文しておいた小さいけれど豪華でしぶい花束が届きます。


 

 黄緑色の薔薇と、薄い色ピンクの薔薇と、りんどうでできたブーケ。


「君はこの花より美しい」


 熟年花魁はタカルから花束を受け取り、「花言葉は?」と聞きます。


「詳しくは知らないけど、りんどうは『誠実』だよ」


「化粧、なおさんといけないわぁ。


 涙で前が見えないよ、誰か付き添っておくれ。


 ついでに着物も着替えておこう。


 お気に入りので決めるから、だんなさん、しばらくお待ちなすって」



 戻って来た熟年花魁は豪奢な姿。


 そしてタカルの賛美の次に出た言葉に驚きました。


 着替えている間に、書きかけだったお話を紡いでみたよ、ぜひ聞いてくれ、と。



 お話の題名を、桜を司ると書いて、『おうじ』と言います。


 

 =====


 ふすまが開き、彼女が現れた。


 顔の片方、ほほに藍色の刺青がある青年の腰が思わず浮いた。



「おおっ・・・お久しゅうっ」


「金吉さん・・・」



 複雑そうな顔をしたが、彼女は微笑んだ。


 彼女は数か月前、花魁になった。


 金吉はその遊郭へと、足を運んだのだった。



「なに、おあしの心配はしないでけろ。


 村ん山さに珍しい薬草を見っけたんさ。


 街の医者に見せに行ったら、高額で買うてもろたんじゃ」



「それで、その賃金でここへ?」


「気にせんでえんじゃ。わしが勝手にしたこったい」



 しばらくの間。



 遊女は目を伏せた。


 その眼から、しとしとと涙が流れる。



「お会いしとうございました・・・」


「わしもじゃ」



 そして二人は、契りを交わした。


 ことを終えたあと、金吉は次もまた来ることを約束して遊郭を出た。


  

 金吉は、足しげく想い人のいる遊郭へとおもむいた。



 何度目の訪問であっただろうか・・・



「金吉さん、表の桜を見ましたか?」


「ああ、見たよ。

 

 なんでも時期が来ると植えられて、


 過ぎると根っこごと引き抜いて場を移すらしいね」


「あい」


「なんでなんだろうね?ずっと置いていればいいのに・・・」


「あちきが思うに・・・」


「ん?」


「あちきが思うに、『根付くように、そしていつか出ていけるように』やと思う」



 数秒の間。



「ああ、色街の女たちの文化と環境、か・・・」


「あちきには、そう思えてなりません」


「そうか・・・」


「あい」



 彼女は遠い目で言った。



「あちきもいつかは、あの桜のように、ここを出ていきたい・・・」



 金吉は目を見開いた。


「きっとじゃっ、きっと出したるっ」



 知り合いが相次いで山の事故で亡くなって、金吉は心を病んだ。


 しばらく遊郭へは行かなかった。


 やっと踏ん切りがついて遊郭に行くと、なぜか裏口へ回るように店の者に言われた。



「は?はらんだ?」



 店の者はうなずいた。


「父親はあんたさんや」



 金吉は目を見開いた。


「何を・・・今、腹の具合はどれぐらいでっ?」


「五か月」


「計算が合わへん。五か月、俺はここに来てないっ。誰の子だっ?」


「しっ」


 口元に人差し指を当てた店の者は、いきさつを話してくれた。


「あのこは身体が弱い。よく床に伏してる」


「それは知ってますけど、それが何なんだ?」


「寝込んでるとこ、手ごめられたんじゃ」


「はっ?番頭、言うんかっ、用心棒は何をしていんだっ?」


「はらませたんは、そいつら、じゃ」



 金吉はしばらく、何をどう思っていいのか分からなくなった。


 呆然と愕然として、店の者に肩を揺さぶられてしばらくも、応えられなかった。



「しっかりしいっ。父親はあんたさんやっ」


「どういう・・・ことや」


「あのこが、『お腹の子の父親(てて)は、かねきちさんや』って言ってた」


「なんで・・・」


「あんたさんのこと好いとるからに決まっとるやろ。


 自分ひとりで育てるつもりらしいねんけど、大変やねん。


 あのてごめた連中、自分達の中の誰かがめとる、言うとんねん」


「はっ?」


「せ・や・か・らっ」


 店の者は掴んでいる金吉の肩をさらに揺さぶった。


「あんたは父親やっ。頼む。生まれたらすぐに、赤ん坊連れて逃げておくんなましっ」


「な・・・」


「死産や、って嘘つこうって、店の者たちが言うたんじゃ。せやから、頼むっ」


「彼女は・・・彼女はどうなるんだっ?」


「身体が弱すぎる・・・子供産んだら、助かる見込みない。


 医者が言っとった。せやからじゃ。彼女は感づいとる。


 子供産んだら、動けなくなるか、死んでしまうこと・・・」



 気づいたら金吉は泣いていた。



「なんであのこばっかり、そんな目に合わなきゃいけないんだっ」



「しっ。大声上げなさんな・・・彼女の最期の願いや。夢やねん。


『お腹の子ぉの父親は、かねきちさんや』って・・・」



 ――――

 ――――――


 そして、臨月も過ぎ、出産日。


 金吉は店の者からの手引きで、想い人の産んだ産着と布に包まれた赤子を譲り受けた。


 彼女は、助からなかった・・・


 産声を聞いたぞ、と、いかつい声が死角から聞こえて来ていた。



 金吉は、少しだが字が読める。



 彼女からの手紙を、赤子と共に受け取った。


 金吉はその文を開いてみる。



 しばらく、その内容を眺めていた金吉。


 抱きとめている赤子のあどけない顔を見て、泣きながら笑顔を向けた。


 彼女からの短い文には、金吉のために送り仮名がついていた。


 手紙には、こうあった。


【 桜司(おうじ) 】



 金吉は、いつかした、彼女との話を思い出した。



「あちきもいつかは、あの桜のように、ここを出ていきたい・・・」



 彼女はたしか、そう言っていた・・・。


 金吉は、ぎゅっと赤子を抱きしめる。



「お前の名前は、おうじ、や・・・わしの子ぉじゃ・・・ずっと、ずっとな・・・」



 金吉は色街を出て、そして赤子と共に、姿を消した。  

 

 =====



 話が終わると、意味分からない、と若手の花魁がすぐに言い出した。


 普通やないのんかこのお話の店のひと、と言って、熟年がどちらだと少し驚いた。


 そして冷静を保つために少しまばたきの時間を取ると、タカルに言った。



「こんなに素晴らしい話は、久方ぶりや。


 綺麗なべべも、厄払いの紅もいらんて、春を売りに来る女たちがおるんよ。


 そのせいで、男達がおかしなってる。


 花魁にしっぽがはえてきた、みたいな言い方するんや。


 だんなさん、お話のおかげで少し元気が出てきたわい。


 うちが決めてもええ、って言われてたんやけど、しばらく遊んで行ったらいい。


 料金はいらへんから」



「ほう、色々とお話を聞きたいよ。


 なんだったら、色街か花魁の話をもうひとつ作りたいから、


 協力してもらいたい」



 タカルはしばらくオダンマリンに滞在することになり、


 そのうわさは、通いの客の耳にも届いたのでした。


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