十五章 天使羽うさぎのデービッド
タカルが次に立ち寄ったのは、ビタトロという地区でした。
旅人用の宿泊施設があると聞き、そちらに向かってる途中。
いざこざした声が聞こえてきます。
気になって様子を見に行きますと、うさぎを抱きしめて泣いている男の子がいます。
その男の子に、お金を突き出している、ボロをまとった大人の男。
タカルは「さぁ、行きますよ」とその場から男の子の片手を取って移動します。
泣いている見知らぬ年下の男の子に、何があったんだい、とたずねるタカル。
「飼っていたうさぎが逃げて、土地主さんの馬車にはねられて死んだんだ。
そしたらそれを見ていた大人の人が、食べたいから売ってくれって」
「なるほど、イヤだったね」
「助けてくれて、ありがとう」
「このうさぎは、このあとどうするの?」
「丘に埋めて、お葬式をするよ」
「僕は物書きなんだけど、一緒に供養させてくれないかい?」
「なんで?」
「何か縁を感じたから」
「分かったよ」
「うさぎに名前はあるの?」
「デービッド」
花屋に立ち寄り、花輪を作ってもらうタカル。
そして男の子は見晴らしのいい丘にタカルを案内してくれました。
近所から男の子が借りてきたシャベルで、すぐに穴は掘れて、うさぎを埋葬。
地面の色の違うふちに、わざわざ路中拾った石ころを並べる男の子。
そこにタカルは花輪を飾って、手を合わせました。
帰り道で、男の子が言います。
「そう言えば、お兄さん、お名前なんて言うの?」
「シュガーホール」
「変な名前」
「君のお名前は?」
「ムニエル」
「エル、って天使の眷属のこと?」
「お母さんがつけたんだけど、どうも魚がどうとか言うから、海の天使なんじゃないかな」
「なるほど、なかなかいい名前だね」
「みんなは変な名前だって言うのに、さっきからお気遣いありがとう」
宿泊場へ戻ると、土地主から連絡があり、タカルに呼び出しがかかりました。
土地主いわく、うさぎをはねた馬車に乗っていたのは私である、と。
飼い主に謝罪したい、と。
うさぎごときに花輪をくれてやった君が、物書きだと聞いて感動した、と。
馬車が急いでいたのは、妻が峠を迎えるからだと連絡があったからだ、と。
確認すると、峠は、今夜らしい。
あのうさぎの埋められた丘も、私の土地である、と。
埋葬を許す代わりに、謝罪としたい、と。
そして心優しき君の気遣いに、土地主としてお礼がしたい、と。
ぜひ、やしきまでおもむいていただき、もてなされてほしい、とのこと。
やって来た馬車の迎えに乗り、やしきのブランチに招待されたタカル。
テーブルには、贅沢な料理が並んでいます。
土地主は対面して食事をしながら、タカルに相談をします。
うちの家内は今夜が峠。
片足が悪く、階段を踏み外し頭を打ってから症状は不安定な状態だった。
君がうさぎにくれた花輪の話をしたのだが、どうも気に入ったらしい。
そこでだ、妻のためにひとつ、短いのでいいから、話を紡いではくれないだろうか。
期限はもちろん、今夜までだ。
「なるほど、受け入れ態勢で考えてみます」
「分かったよ」
タカルはさっそくビタトロに住むムニエルを探し、一軒の家を訪ねます。
ムニエルに、うさぎの話を書いてもいいか、とわざわざ許可をもらいに来たのです。
「きっと、喜ぶよ」
「うん、用件はそれだけだ。それから、ムニエルって名前、すごくいいね」
「すぐに僕の名前で家を見つけたんだね、悪いことできないや」
タカルは花輪を贈った丘に行ってみてみることにしました。
側にあった木に背をあずけると荷物から紙とペンを取り出します。
心地よい風が吹き、うとうととしはじめ、夢の中にお話が出てきました。
目が覚めて、なんだったんだろう、と不思議がるタカル。
「そうだ、羽のはえたうさぎの話を書こう」
ひらめいたタカルはまるで手が走るように急いでお話を紡ぎました。
そして気づけば夕刻、迎えが来てビタトロの土地主夫人のお見舞いに行きました。
同席している土地主が、ぜひ聞かせてくれと、うながします。
タカルが今回書いたお話の題名を、天使羽うさぎのデービッド、と言います。
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とある丘にある巣穴に、片足の悪いうさぎのデービッドがいました。
デービッドは常々、好きなように飛び跳ねられたらいいのに、と思っていました。
知り合いの小鳥に相談すると、流れ星にお願いしてごらんよ、と言われます。
星空に願いを込め、デービッドはいくにちもお祈りをしました。
お祈りをすることに夢中になり、デービッドは少しもごはんを食べませんでした。
そして心配した小鳥が様子を見に行くと、デービッドに天使の羽がはえていました。
嬉しそうに空を飛び跳ねるデービッドは、そのまま天国の門をくぐりましたとさ。
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今まで眠っていたかのように見えた土地主夫人の閉じた目から、涙が伝います。
かすれた小さな声で、夫人が「ありがとう」とつぶやきました。
土地主さんはその涙を優しくぬぐってあげて、タカルに言いました。
「ありがとう」
少しして夫人は息を引き取りました。
タカルはなんだかつらくなって、早々とビタトロを出ることにしました。
翌日の宿泊場に、黒い服に身を包んだムニエルがタカルに会いに来ました。
「今から、お葬式だって。参列しなさいって」
「僕は参列するつもりないよ」
「うん。僕ムニエルは出てくれ、って言われたんだ。夢の中に奥様が出てきたから」
「どんな風に?」
「天使みたいに背中に羽がはえててさ、ほほえんでいたよ。
もう苦しくないよ、って。
それから、お兄さんのことも言っていた。
ちゃんと花輪のきみにお礼を言いなさい、って。
だから、ありがとう、ってまた言いに来てみたの」
「ありがとう、って言ってくれて、ありがとう」
ムニエルは涙を手の甲でぬぐいました。
「なぜかデービッドにも羽がはえてた」
「そうか。不思議な夢だね」
「奇妙、って言うのかと思ったのに」
「不思議なこともあるもんだ」
タカルは少しほほえんでムニエルの頭をわしゃわしゃとなでてやると、
その日のうちに次の旅に出ました。




