水面に生ずる波紋の如く その肆
「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…」
四つん這いになり盛大に咽ながら呼吸を整える隆浩。
頭から爪先まで全身びっしょりと濡れたその様は、一見川にでも落ちて溺れたのではなかろうかという風に見て取れるが、残念ながら今隆浩が居るところの近くには、川や湖や池といった水辺などは存在していない。
では何故彼は溺れたような感じになっているかと言うと、祖父に言われて調査に来た場所で月島沙月と日向寺陽の両名と交戦することに成り、迎撃したその後、突如現れた魔物と再び交戦。その過程で隆浩は何とか魔物を撃退する事に成功するが自身の術で見事に自爆し溺れかけていたというわけだ。
「ぜぇ…ぜぇ…ッゲホッゴホッ。はぁ~、し、死ぬかと思った…」
「それは残念。出来ればそのまま死んでしまえばよかったのに」
隆浩が呼吸を整えていると、ふいに背後から声を掛けられ隆浩が其方へ視線を向けると、学生が着る体操着(下は紺色ブルマ)を身に纏った沙月と陽が焚火の前で体操座りして隆浩の方をゴミ虫を見る様な蔑んだ瞳で睨んでいた。
「月島、お前…助けてやった相手に…ぜぇ…掛ける言葉が其れか?」
「助けて貰った事は礼を言うわ。助けてくれてありがとう。でも、こんな格好をさせられて喜ぶと思ってるの!?」
隆浩の抗議に対し肩から下をすっぽりと隠す程のタオルで体を隠しながら怒りを露にする沙月。
その隣で陽も同じ様にタオルに包まるようにしながら激しく頭を上下に振って肯定の威を示す。
隆浩は、やっと落ち着いてきた息を整えながら二人に向き直り胡坐をかきつつ火に当たり濡れた服を乾かし体を温める。
「誰が喜ぶって、そら陰陽寮内外のお前等の隠れファンがヒャッホーするのは間違いないからな、安心していいぞ?」
「「安心できるか!!」」
「あ、後で写真撮らせてくれよ、売れるから」
「撮らせるか!!」「というか売るな!!」
「えぇ~。似合ってるんだし別に良いじゃん。せっかくなんだし、な?売り上げの6割はそっちで良いから」
「「断固断る!!」」
同時に拒否られた隆浩は僅かながらに不満そうにするも仕方ないと言いつつ二人の写真を潔く諦める。
其処へ土御門剛と藤原雅臣が三人の前に姿を現した。
「おぅタカやん。調子は如何だぜぃ?」
「いやぁタケちゃん、マジで死ぬかと思ったぜ」
「自分の術で溺れるとか馬鹿なのかお前は?」
「雅臣さん、おいらは馬鹿じゃないです。少しドジっただけです。馬鹿なのはそこの二人みたいに敵の手に落ちて操られて襲ってくるような者達の事を言うのです」
雅臣の言葉を否定した隆浩に指摘された沙月と陽は、苦汁を飲み干し苦虫を噛み潰した顔で睨み返すも図星を指されているので反論できなかった。
そんなやり取りをやれやれと肩を竦め溜息を吐く雅臣と剛は隆浩達の間に腰を下ろし事のいきさつを聞くのであった。
「いったい何があった。全て話せ」
雅臣の有無を言わせぬ迫力に僅かながら身も心も萎縮する沙月と陽。しかし二人は、何故敵に操られてしまったのかそこまで至る経緯を思い出しながら答えていった。
二人の話によると、隆浩達が寄った村に先に来て神隠しの調査を行なおうとした矢先に異形の群れに襲われこれを撃退するも後から現れた怪しげな男に追撃を掛けられてしまったとの事。
「それで、その男の特徴は?」
「フード付きの真っ黒なローブを纏っていました。」
「身長は、170弱。顔は…申し訳ありません、確認できませんでした」
「顔が確認できなかった?性別は何故わか…あぁ成る程、戦闘したのなら手の形や声やらで判断したのか」
「はい。声とごつごつした手で判断………あ!」
「ん?何か思い出したか?」
会話の途中で何かを思い出したのか声を上げる沙月に雅臣、隆浩、剛の三名は少々驚きつつも雅臣が直ぐに何を思い出したのか尋ねる。
「男の左手に変な刺青が…」
「…そうそう、思い出した!蛇みたいなのが書かれてまして……えぇっと、確か…」
沙月と陽は近くに落ちていた小石を使い雅臣たちに見えるように地面に手掛かりとなるであろう男の刺青を描き始める。
記憶を手繰りつつ修正を加えながら描かれた物は、炎を囲む様に蜷局を巻いた三つ首を持つ翼の生えた蛇だった。
「…………ん~?」
「見覚え、在りますか?」
「いや、俺は無い。お前達は如何だ?」
「俺っちにもさっぱり。タカやんは?」
「絵描くの上手いな」
「おいこら」
「冗談だって……………………あれ?これどっかで見た事あるな…」
「は?マジか?」
「…………待って待って。ちょっと待って~。えぇ~っと、確か犯罪組織に指定されている闇ギルドのリストに……」
「闇ギルド?こんな紋章見た事は無いぜぃ…新しく出来たものか?」
「てか、どっから出したの?そのノート」
隆浩の言葉に剛は首を傾げ沙月は隆浩がどこからともなく取り出した一冊のノートと呼ぶには些かどころかかなり無理のある分厚い本にツッコミを入れる。
地面に描かれた物を見た隆浩は、沙月のツッコミを黙殺しつつ小首を傾げ乍ら闇ギルドの名前がズラリと記されたノートを広げブツブツと独り言ちりながらページを捲っていく。
すると、御目当てのページに辿り着いた時、隆浩は眉間に深い皺を作り其処に記された内容を三回程読み返す。
「ん~?」
「どうした?あったのか?」
「闇ギルドの奴だったのか?」
眉間に皺を作り小首を傾げる隆浩に剛と雅臣が質問を投げる。
対する隆浩は、眉間に皺を刻んだまま二人の質問に答えるように徐に口を開いた。
「結論から言うと、ありました。今は無くなってるけど」
『は?』
隆浩の言葉にその場に居た全員の頭の上に?のマークが浮かんだ。
「何?如何いう事?」
「すまん。言葉が足らんかった。正確には、昔存在した闇ギルドの紋章でそのギルドは、18年くらい前に壊滅してる」
『はぁ!?』
隆浩の言葉に今度は驚きの声を上げる雅臣達。
信じられない様な顔をしているので隆浩はノートを皆に見えるように広げ淡々とそのギルドの活動内容や特徴を説明していく。
「ギルドの名は、【三首火竜】。竜を使役している者が多数在籍していてその力を使って様々な悪行を繰り広げていた。その中には、小国ではあるが、国を3つ滅ぼした事も記録されているんだが、今からおよそ18年前、この国の自衛隊と陰陽寮を含む5つのギルドとコメリカ合衆国の軍及び13ものコメリカ合衆国国営ギルドとユーラシア帝国軍と9つのユーラシアに存在する中小ギルドからなる大連合で完膚なきまでに叩き潰したってさ」
「そこまでする程の大ギルドだったのか?」
「いんや、この闇ギルド所属している人数が約4千人に対してだから、完全に過剰戦力かつオーバーキルだ。ほら当時の詳細な記録はウィッキーに載ってる」
「マジかよ……うっわ、マジだった」
「ウィッキー何でも載ってるな」
「「ウィッキースゲー」」
隆浩がスマホで試しに調べてみたら偶然見つけた情報に雅臣は驚きの声を上げ、剛と沙月と陽が感心したように述べる。
「何々、闇ギルドが拠点にしていたのがユーラシア帝国領内の無人島。んで当時そのギルドに被害にあっていたジパングとコメリカ合衆国とその他中小合わせて56ヵ国。ジパングは大した被害は出てないけどコメリカが国防総省の建物を潰されたのが引き金になってこの大規模作戦に成ったのか」
「この被害にあってた中小国じゃ居ても居なくても出番とかやることが無いからこれに参加してないのは分かるんだが…」
「何で陰陽寮が参加してるんだろ?」
「きっとアレだよ。蜥蜴狩り」
「陽の言葉に納得したわ」
そう、正にその竜が大規模な戦力を投入する一番の理由だった。
対人戦闘であれば、通常兵器で事足りたのだが人に使役されているとはいえ、この世界の最強種たる龍に劣るとはいえそれらに匹敵する竜種に連なる生物を持ってしまっていろんなところに喧嘩を吹っかけて調子に乗りすぎてしまった闇ギルドは、その路に長けた者達によって完膚なきまでに叩き潰されこの世から消滅したとされているのだ。
「んでも、それが事実として、今回の奴がその生き残りって事?」
「いや、このギルドには【竜使い】は居ても魔法が使える【魔導士】は居ない筈だ」
「確かに。このウィッキーの情報通りなら所属している奴らが竜使いであるのは確かだ」
「だが、それだと説明がつかぬ事が…あの霧の化け物とかさぁ」
「確かに、タカやんの言う通りや。アレは明らかに怨霊とか悪霊とかそう言う類だ。でも、それを此処で考えても埒が明かないな」
「まぁ、何はともあれ闇ギルドの可能性も考慮しよう。たんなるファッションか、はたまた何かの術式かもしれないからな。さて、それじゃあ帰るとするか」
雅臣の掛け声に剛と沙月と陽は、すんなり帰り支度を始める頃に隆浩は思考の海から帰還した隆浩は咄嗟に声が裏返る程驚きの声を上げる。
「……………え?帰るんすか?」
「そうだな、一旦帰って情報を整理したり報告しなきゃダメ出しな」
「もうちょっと何か無いか探してみましょうよ。新たな手掛かりが出てくる可能性も無きにしも非ずですよ?」
隆浩の言葉に他の者達は、驚愕の表情を浮かべ「信じられない」とか「やっぱり溺れかけて頭いかれたか?」とか言いたい放題言い始める。
そんな反応に対し隆浩は、むすっとしながら抗議の声を上げる。
「おい、お前ら何だその反応は!てか雅臣さん、おでこに手を当てないで下さい。熱は無い!風邪もひいて無い!おいらはいたって正常だ!!」
「いや、だって…なぁ」
「サボリの常習犯のあんたが調査しようとかって……」
「こりゃ昼から雨かにゃ~?」
「いやいや剛君、雨じゃなくて雹が降ってくるよ」
「サボリの常習犯ってそれナマケモノの一真の事だろ!!それと、よぉし月島。てめぇいい加減調子乗んなよゴラァ!」
雅臣、陽、剛、沙月が順番に思った事を口にすると隆浩は勾玉状態だった秋月を刀へと変化させ抜刀しようと鍔に親指を掛け鯉口を僅かに切る。
「隆浩、理由はなんだ?」
「だから、それはさっき言ったじゃないですか雅臣さん」
「建て前じゃなくて本音はどうだと聞いている」
先程までの和気あいあいとした雰囲気から一転して身体に重く圧し掛かる様な錯覚を引き起こす程の威圧を放ち雅臣は隆浩に問い掛ける。
その迫力に直接威圧を向けられている訳では無い隆浩以外の三名は、全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れるように噴き出していく。
それに対し隆浩は、三人程汗をかいていないが苦笑いを浮かべ大きく溜息を吐く。
「…………未だ可能性の段階だから余り吹聴したくはないんですがね。……先ず説明する前に確認を…雅臣さんは、最近陰陽寮に入ったガングニールの所有者の事はご存知ですよね?」
「あぁ、勿論報告は聞いている。竜ヶ峰颯とか言ったか?あの娘がどうした?」
「では、この話はご存ぞですか?彼女が持っているガングニールを狙って中華連が騒いでるって話なんですけど」
「何?」
隆浩の言葉に訝しげに眉間に皺を浮かべる雅臣は、頭の中で一度、情報を整理するがどういう事なのか今一理解できなかったので隆浩に続きを促す。
「………どういう事だ?あの娘の持つ槍を奪うために中華連に不穏な動きがあるとする。だがそれとこの件が如何繋がる?」
「雅臣さん、さっき何を話してました?存在しない筈のギルドの刺青をした奴。ガングニールを狙っているかもしれない中華連にとってとても都合が良いと思いませんか?」
「……………まさか……今回の騒動の犯人が中華連の回し者、或いは中華連と手を組んでいると言いたいのか?だが、ファティマと言う女が犯人で、ガングニールを狙っていたと以前報告に上がっていた筈だが?」
「可能性としては無きにしも非ずと言ったところです。証拠も無いですし。ただ……今回の交戦は、偶然なのでしょうが、然る時の為に中華連が密かに準備していたのではないかと愚考しています」
「………」
隆浩の言葉に雅臣は目を瞑って情報を整理する。
三回程息を吐いた後、雅臣は四人に指示を飛ばした。
「全員、俺と共に直ちに陰陽寮へ帰還し報告を行う。全員準備しろ」
「え?おいらも帰んなきゃダメっすか?」
「隆浩、お前の勘を信じていない訳では無い。俺達の様な陰陽師や魔導師の勘と言うものは戯れ言と嗤えたら良いと思い後悔する時が多い程、捨て置けぬものだ。特に嫌な予感だとかそう言うマイナス的な勘と言うのは高確率で当たる場合が多い」
「なら―――」
「だが、此処に居る全員、手負いや疲弊している。この状態で深追い等しても木乃伊取りが木乃伊になるだけだ。それにお前、そろそろ限界だろ?無理はするな」
「…………いやいや、雅臣さんはぴんぴんしてるでしょ?霊力だって然程消耗してないし、問題ないでしょ?」
雅臣の指摘に隆浩は、真顔でツッコミを入れる。
隆浩より、否此処に居るメンバーの中で霊力量は【圧倒的に雅臣が一番多い】からだ。
「隆浩、お前の言いたいことは、分らんでも無い。しかし、剛もお前も消耗してるし陽と沙月に至っては洗脳までされてたんだ、一度戻って検査を受けさせねばならん。お前は十二神将を使役しているから大概の事は何とかできるし如何にでもなる。だが、人間一人で出来る事等たかが知れているし限界はある。だからもう少し周りとの協調性を身に着けていけ。俺は大丈夫だが俺以外が大丈夫じゃないんだ。だから今回は此処までだ。」
「はぁ…分かりました。確かに、か弱いおいらもこれ以上は無茶をしないといけなくなりますし雅臣さんもリーダーとしての責任もありますしね。帰りますか」
剛の言葉通り全員疲弊しているし、隆浩自身も十二神将玄武との憑依で霊力をごっそりもっていかれているのは紛れもない事実。
もし仮に、この後戦闘に成った場合、間違いなく雅臣以外はケガでは済まない事もあるだろう。
しかし、そんな危機的状況化に成ったとしても雅臣一人で打開する事等、雑作も無いと隆浩以外も十分に理解している。しかし、彼は此処に居るメンバーの中で一番の実力者である前に指揮を執るリーダーである。
疲弊しているうえに負傷者を抱えてのこれ以上の調査は容認できないのだ。
なので隆浩は、頭に響く警鐘を振り払いつつ渋々従う事にしたのだった。
但し、本音を言うならば、明日までは、純粋に陰陽寮に帰りたくないというのは、無きにしも非ず。
その理由は、現在陰陽寮に海上自衛隊が近日行う予定の合同演習を行う為、その打ち合わせでやって来ており、その際、会いたくない人物が訪れている可能性が非常に高いからだ。
隆浩が会いたくない人物の名は三笠海璃と言い、自衛隊所属の三等海尉であり、元陰陽寮の陰陽博士であった女性で、陰陽寮に所属して居た頃は、【軍神】と畏れられていたこともある人物なのだ。
隆浩は幼い頃、陰陽寮の同世代の者達と共に悪戯をして『叱られていた』事が有りそれが今尚トラウマに近い状態にある為逢いたく無いのだ。
隆浩は、小さく溜息を吐き、雲一つない快晴の空を見上げながら陰陽寮到着が遅れることを、そっと祈るのであった。
◆ ◆ ◆
一方その頃、陰陽寮では、海上自衛隊所属の隊員四名と陰陽寮幹部による会談が行われていた。
椅子に腰かけ出されたお茶を美味しそうに飲む女性。
肩かかる程度に整えられたやや灰色に近い黒髪にこの国では珍しいオレンジの瞳が特徴的な貴賓溢れる美女。
この国で最強と謳われる人物、三笠海璃三等海尉と彼女の後ろで揃いの軍服に身を包みピンと背筋を伸ばし控えている三名の部下。
一人は、170程の身長に程よく鍛えられ引き締まった身体つきの男性…いや、顔は未だ少々幼さが抜け切れていない可愛らしさとカッコよさが混じり合った顔立ちから青年とも呼べる外見をしているこの男性の名は浜風港、年齢18歳、階級は1等海士。
彼の右隣に並んでいるのは綾波美帆、160弱の少々小柄で肩まで伸びた黒髪を後ろで纏めた美女。
年齢17歳、階級は港と同じ一等海士。
そして、港の左隣に並んで居るもう一人の女性の名は、敷波まゆみ。身長158cmと三人の中でも一番小さく目深にかぶっている軍帽から除く顔立ちも未だ幼さが残っている。
年齢は17歳、階級は二等海士。
そんな若い三人は、ガチガチに緊張した表情を浮かべ頭のてっぺんからダラダラと滝の様に汗を流している。
その理由は、陰陽寮からこの組織のトップでもあるギルド長の安倍清隆、その息子にして陰陽博士の阿部昌和、そして陰陽大属の藤宮大和の三名がテーブルを挟む様に対峙していたからである。
彼らから漏れ出る霊圧を、まだ若手ともいえる海自の三人は、感じ取ることが出来てしまい、その霊圧に気圧されてしまった三人は出来る事なら全力でこの場から逃げ出してしまいたいと思いつつも気力で何とか理性を繋ぎ止めている。
そんな若手三人を気にも留めず海璃は陰陽寮幹部三人と平然と対談を始めていく。
「お忙しいところ、お越し下さり有難く存じます」
「我々の方こそ急な来訪で誠に申し訳ありません」
「いえいえ、御気に為さらず。それにしてもこの国の軍である自衛隊の、それも海自の方が我々と合同訓練を行いたいと書面を頂いておりましたが、今一度理由をお尋ねしても?」
清隆と挨拶を交わし終えると、場の空気がピリッと重くなったかのような錯覚をこの場に居る中で一番若い大和は感じ取ったがそれを表情に出す事が無いのは流石と言えよう。
「はい、我々の中にも魔法を使える部隊も存在しています。私もその部隊の一人ですが、困った事に訓練に少々問題が発生してしまいまして…」
「ほう、問題ですか…?」
「はい、お恥かしい話ではございますが、対人戦闘は問題ないのですが、対人外戦闘に不慣れな者や知識に疎い者も多く私以外の【霊能者】の数が極めて少なく足りておりませんので対人外戦闘の訓練が上手く行かず陰陽寮の方々にご協力願えないかと伺った次第です」
そう言いながら深く頭を下げる海璃。
そんな彼女に対し清隆は、深く溜息を吐き、呆れた表情を浮かべるのであった。
「この国最強と謳われる者が随分と弱気ですな」
「私は、最強などではありません。貴方様から見れば、まだまだ若輩者の小娘ですよ」
「謙遜は、この国では美徳とされているが、時と場合によっては、只の嫌味でしかないですぞ?」
「いえいえ、謙遜等では御座いませんよ、フフフ」
清隆と海璃の二人を誰がどう見ても爽やかな笑顔で楽し気に話している様にしか見えない筈なのに、恐怖を感じる海自の若手三人は、心の中で泣きながら悲鳴を上げていた。
にこやかに談笑する二人から互いを牽制するかのように威圧が放たれて居るからだ。
「それにしても、あの“泣き虫”だった小娘が今じゃこの国一番の霊力の保有者とはのぅ。」
「そ、それは今関係ないじゃないですか!?」
清隆の放った唐突な言葉に海璃は、顔を真っ赤に染めながら悲鳴じみた声を上げる。
その上司の突然の慌てように彼女の部下である港、美帆、まゆみの三名はポカーンとハトが豆鉄砲をくらったかのような表情を浮かべ緊張の糸が見事にぶった切られてしまった。
さらに言うと先程まで息苦しい程放出されていた威圧がきれいさっぱり無くなっていた。
「さて、若い者達の緊張も良い感じに解れた所で本題に入ろうかのぅ?」
「……………年齢詐欺師め」
手に持った扇を広げ口元を隠しほくそ笑む清隆に海璃は苦虫を噛み締めた表情を浮かべながら少し冷めたお茶に口をつけるのであった。
その後の会談はとてもスムーズに行われた。
合同訓練の日時、行う場所、訓練の内容等々事細かに話し合い決めていく。
「ところで、最近新しい娘が加入したそうじゃないですか」
「……………耳が早いのぅ」
ある程度話が纏まったころ、海璃がさらりと口にした何気ない言葉を切っ掛けに再び室内に不穏な空気が漂い始めていく。
「わしの孫が何処からか拾ってきてのぅ、此れが中々に見どころのある若者でなぁ」
「あら、陰陽寮のマスターとも在ろう御方のお眼鏡に適うとは、余程有望な方なのですね。一度お会いしたいですわ」
「生憎と今日は外へ出ておりましてな。」
「まぁ、もうギルドの仕事をこなしているのですか?」
「えぇまぁ。とは言っても、うちの優秀な引率者と気の合いそうな子達と共に出向いていますがな。まぁ遠足みたいなものですよ」
「ですが、聞く処によるとその娘は最近まで一般人として生活していたんですよね?」
「その事なんじゃが、一つ訪ねたい事が有るんじゃが」
「何でしょう?」
「竜ヶ峰という者を知っておるか?」
清隆が口にした名を聞いた海璃は、口にしていたお茶で盛大に咽る。
何とかお茶を吹き溢すなどという醜態を晒す事だけは、気合で阻止する事が出来た海璃であったが、港達に背中を擦って貰いながら呼吸を整え何事も無かったかのように振る舞おうとする。
既にあからさまな動揺ともとれる行為をしているのだが、陰陽寮側の三名は、何も無かったかのようにポーカーフェイスを崩さず話を進めていく。
「さっき話した小娘なんじゃが、どうも父親が陸自に勤めていたらしくてな。お前さんの知り合いにおらんかのう?」
お茶を啜り乍ら問い掛ける清隆に海璃は、視線を左右に泳がせつつ逡巡する。
数秒の後、海璃は重々しく口を開き、部下である港達に遠回しに退出を命じる。
「浜風、敷波、綾波。貴方達、せっかくだから此処を見学させて貰いなさい。」
「え?いや、俺達は……………」
「ついでに手合わせでもしてくると良いわ」
「ふむ、ならば昌和、それに大和。お前達この子達を案内してあげなさい。それと修練場に誰かいれば手合わせさせてあげなさい」
「……………承知しました」
「では御三方、此方へ」
そう言って席を立つ昌和と大和に促され三人は渋々部屋を後にするのであった。
昌和達が部屋から立ち去り残った二人はお茶を一口飲み一息入れる。
先程までの柔和な雰囲気を出していた清隆の表情が少々険しいものへと変わる。対する海璃は何処か暗く打ち沈んだ表情を浮かべコップを持つ手の力が徐々に強くなっていった。
「彼の事は良く存じております。知らぬ筈が有りません…私は当時、彼の教え子だったのですから」
「……………なに?」
「当時彼は、陸海空全ての隊員を指導する教導菅で、まだ海上自衛隊に配属されて間もない頃に大変お世話になりました。ほんの数回ですが一緒の任務にも就いた事が有るので、彼の部下で在ったも言えます。
ですが、あの時…テロリストとの戦闘で私を庇って…」
「そうか……………」
陰陽寮側でも颯の素性を調べてはいた。当然だ、いくら貴重で途轍もない力を秘めた聖遺物を所持しているからと言って素性の知れぬ何処の馬の骨とも分からぬ輩を組織の一員として迎え入れる馬鹿は居ない。
過去に何か犯罪を犯していないか、又は犯罪組織と関わりを持っているか等、組織を指揮する者として当然の責務である
その過程で清隆は、颯の父が自衛隊に所属していた事を偶然に近い形で突き止めることに成功し死亡している事も知っている。
それを足掛かりにし、当時の人間関係も調べ結果的に今目の前に居る海璃の上司である事も知っていた。
したがって、彼女の発言に対し清隆は、粗方予想がついていた。だが―――。
「それが、態々人払いまでしなければならぬ程の事なのか?」
「……………公にはされていませんが、テロリストに自衛隊幹部数名とその部下の一部が加担していたんです」
「……………なんじゃと!?」
海璃が絞り出すように発せられた言葉に清隆は顔を驚愕に染める。
この国の防衛組織である自衛隊に一部とはいえテロリストに加担する者が存在していたというのだから驚くのは無理もない。
「よもやその様な事が………待て。まさかと思うが、〝取りこぼし″が有ったのか?」
「!!」
清隆の問いに海璃は何も答えなかったが苦虫を千匹程噛み潰し他表情を浮かべ両の手が震える程握るその態度が肯定を現しているのは火を見るよりも明らかであった。
その様を見た清隆は片手で目元を覆い盛大に溜息を吐く。
自国の軍組織にテロリストが紛れ込んでいただけに留まらずそれを捕まえようとしたが返り討ちに会った等と、どんな理由が有ろうとも国防を担う組織として断じて許される事では無い。
もしそのような事が公に成れば自衛隊という組織の縮小を余儀なくされ他国からこの国を守る事が〝難しくなってしまう″。
そうなればこの国が崩壊するのは時間の問題だ。
「成る程。では、この事は…?」
「はい、他言無用でお願いします」
そう言って深く頭を下げる海璃に清隆はテロリスト成り下がった元自衛隊員に対し僅かばかりの怒りと聞かなきゃ良かったという後悔の入り混じった表情を浮かべるのであった。




