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通路にて4

「医療室の者と言っても皆軍人だ。誘拐などされるような愚か者はいない。メルもああ見えてかなり強いのだよ。…暴れる大男を押さえつけて治療するくらいだからな」


レイスは歩きながら言う。


実際、メルに戦闘訓練をさせれば新米三人掛かりでも敵わないと同期生の三人は思っている。


彼女を侮り痛い目をみた者は数多くいる。


「…あの胸を押しつけられたら大概の男はおとなしくなるわね。しかも滅茶苦茶良い匂いしてたし。アタシなら黙って為すがままにされるわ。隙有らばあの胸を揉みたいくらいよ」


シオンの答えは彼らの予想の遥か斜め上をいっていた。シオンの女性らしからぬ言葉と表情に三人は顔をひきつらせる。


好色親父か、お前は。


三人は喉元まで出かかる言葉を辛うじて飲み込んだ。シオンは性に目覚め始めた少年でも恥ずかしがり言わないようなことを平気で言う。


シオンが男ならばその発言もまあ納得はできる。だが、シオンは可愛らしい少女だ。できれば聞き間違えであってほしいとも思う。何かを言えば更に残念な発言を耳にする可能性が高い気がする。それは回避したい。


三人は無言で医療室を目指す。


シオンも無言で歩き続ける彼らに何も言わずにおとなしくルミエールに運ばれている。


しかし、すぐにシオンは忙しなく視線を動かし前を歩くゼルダと後ろを歩くレイス、そして自分を抱き上げているルミエールを観察し始めた。


三人とも本当に美形だと思う。


ゼルダは金色の髪を後ろに軽く流して纏めている。鮮やかな紺碧の瞳は知的で整った顔は彫刻のようだ。


レイス博士は柔らかそうな茶色の長髪を後ろで縛り、瞳の色も茶色だ。今は表情は冷たいが最初に話しかけてきた時の爽やかな笑顔だけ見れば人当たりも悪くないのだろう。


そして中性的な顔立ちのルミエール。彼の宝石のような紫の瞳は髪が白いためによく目立つ。モテないと本人は言っているが実際は物凄くモテているのだろうと確信している。


三人で並んで歩けば間違いなく注目の的だろう。


目の保養とばかりにシオンは一人一人をじっくりと見ていた。


「観察するのは構いませんけど見ていて楽しいですか?」


ルミエールは不躾なほど遠慮のないシオンの視線に苦笑する。


「楽しいわよ。身近な美形はお兄ちゃんみたいな女だか男だか解らない感じだったからね。この中じゃ女装させたらルウちゃんがナンバーワンだと思っていたけど意外眼鏡も綺麗になりそうだわね」


「女装・・何故そんな言葉が出てくるのだか。…駆け出しの頃は女装して街を歩かされたこともあったな」


ゼルダは遠い目をする。


入隊した時の貴族上官の嫌がらせのような命令に辟易した覚えがある。


「そんなことより、意外眼鏡とは何だね?」


レイスが話を変えるように首を傾げる。先程と呼び方が変わっている。


「意外だわー鬼畜だと思ったけどちょっとだけ性格が良い眼鏡の略よ」


「ぶはっ」


ルミエールは堪らず笑い出す。ゼルダも肩を震わせている。レイスをこの様に表現する人間などいない。


「僕にはレイス・ラーセルと言う個人名がある。博士と呼べ」


レイスは鋭い視線を同期生二人に送りながら言う。


「分かったわ。ヒロちゃんね」


「何でそうなる!どこから出てきたんだ?!」


レイスはシオンを睨むように言う。名前と全く関係ない。


「博士って漢字・・日本語ではヒロシとも読めるから、アンタはヒロちゃん。OK?」


「ヒロちゃんの他には何があるんです?」


ルミエールは愉快そうに聞く。


「振られ男、メガピカ、ラスボス、冷房要らず、コカトリス或いはメドゥーサ、お薬マニア、サド白衣」


「「「……」」」


シオンのもはや名前とは全く関係のない半分以上意味の解らない言葉の羅列に沈黙してしまう。


良い意味ではないことだろうだけは理解できた。


「今のや鬼畜眼鏡よりはヒロちゃんでいいんじゃないですか?」


ルミエールは生暖かい視線をレイスに向ける。


「ちゃん付けなどごめんだ」


レイスは納得できないように言う。


「じゃあ、ヒロ君?」


「そういう意味ではない・・」


レイスはこめかみを押さえため息をつく。会話が全く通じていない。


「ぶっ」


ルミエールは更に噴き出す。


レイス博士をここまで翻弄する人間は初めてだ。


「君は本当に楽しませてくれますね」


「何が?面白いことなんて何も言っていないと思うわよ?」


シオンは不思議そうにルミエールを見る。そんなシオンにルミエールは更に愉しげに笑い出す。


「シオン、レジェンド内ならばどう呼んでも構わないが・・」


「大丈夫よ。TPOくらいは弁えているから。公の場では名前か役職で呼ぶわ」


ゼルダの心配気に言い掛けた言葉を遮りシオンは言う。


「てぃーぴーおー?」


ルミエールは聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「time 時間、place 場所、occasion 場合の頭文字をとった言葉よ。その時々に合った言動、服装、振る舞いをしろっていう日本の和製英語よ」


「…できるのかい?」


ルミエールはシオンを見、眉を寄せながら聞く。これまでの言動から果たして本当にできるのか疑問だ。


「勿論。大船に乗ったつもりでいなさいよ」


「泥舟を固めたものじゃなかろうな?」


レイスは呆れ混じりに言う。


「ヒロ君、泥舟だってしっかり固めてコーティングすれば、沈まないわ・・・多分」


「不安しかないではないか!」


ゼルダは顔をひきつらせる。


「オーちゃん、人間は不安を乗り越えることによって強くなるのよ」


力強く言うシオンに余計に心配になる。


「大丈夫よ、大丈夫。マジでヤバい時は空気を読んで喋らないから」


シオンは三人の何とも言えない視線を気にせず笑って親指を立てる。


「空気を読む前に普段から普通に呼べば何の問題もないと思うのだがな・・」


ゼルダはため息混じりに言う。


「アタシの普通はこんなものよ?」


「…そうか」


ゼルダは諦めたように肩を落とす。


「何故諦める。矯正した方がこの娘のためにもなるだろう」


レイスは呆れの視線をゼルダに送る。


「本人も公の場では役職で呼ぶと言っているのですからいいんじゃないんですか?」


ルミエールは苦笑しながら言う。


「つーか、ルウちゃん、オーちゃん、ヒロ君って呼んだとしてもそれが誰なのか他の人には解らないんじゃない?」


「あれ?確かに私以外は解らなさそうですね。何かズルくないですか?」


ルミエールは考え不服そうにシオンに言う。


「じゃあ・・ルルちゃん?」


その言葉に先を行くゼルダの足がピタリと止まり、ルミエールの表情が何故か固まる。


「…ルウちゃんがいいです。えぇ、ルウちゃんでお願いします」


ルミエールは有無を言わさぬ笑顔で言い、何故だかゼルダの背中にシオンは哀愁を感じた。


「それより!何でゼルダはオーちゃん、なのです?」


ルミエールは話を強引に変える。


「オーウェンさんだからよ。ゼットンとかゼッルーダとかだと言いにくいでしょ?」


シオンはルミエールの必死な様子に何となくだが予想がつき、触れない方がいいとルミエールの質問に答える。


「言いにくい以前に文字数が元より多いっておかしいでしょ?」


ルミエールは苦笑しながらチラリとゼルダを見る。


ゼルダは依然哀愁を漂わせている。


「オーちゃん、何も聞かないし言わないから進んでくれない?つーか、哀愁漂う背中の理由を事細かに詮索した方がいいの?」


シオンの非情な言葉にルミエールは顔をひきつらせる。


「シオン、多分だがそれは僕が言った方が良い台詞だ。空気が読めるのではなかったのかね?」


レイスが呆れたように言う。


空気を読んで副官の話に合わせたのなら最後まで言うべきではない。


「いや、何か鬱陶しかったから、つい・・」


シオンの答えにルミエールは頭を抱えレイスは笑いを堪えきれず噴き出した。


「そうか鬱陶しいか。悪かったな」


ゼルダは恨めしそうにシオンを振り返り、シオンの右側の頬を軽くつねる。


「痛い、痛い、ごめんなさい」


シオンの反省していなさそうな物言いに、ゼルダはもう片方の頬もつねる。


「ルルちゃん、助けてー」


「…艦長、子供みたいな真似をするのはやめなさい。それからシオン、ルルちゃんはダメです」


シオンの棒読みな台詞に呆れつつルミエールはゼルダに言うがシオンの頬をゼルダはつねったままだ。


「オーちゃん、痛い。マジでほっぺ千切れちゃう」


シオンの言葉にゼルダはため息をつくと両手を離す。ルルと言うのは幼い頃にルミエールが姉に呼ばれていた愛称だ。


「まあ、初恋は実らないってよく言うじゃない?元気出してよ?」


シオンの言葉に思わず壁に両手をつく。


「放っておけ。いつまで下らん話をしているのだ」


レイスはため息混じりに言い三人を追い越していく。


「そうですね、行きましょうか」


ルミエールもこの話は正直掘り返したくない。幼い頃、姉の趣味で女物の服をずっと着させられていたことは知られたくない。


ゼルダも壁から手を離し三人の後を追っていく。何でこんなに精神的に疲れるのか。ルミエールに抱えられるシオンを見て小さくため息をつく。


「オーちゃん、そんな恨みがましい目で見ないで頂戴。いいじゃない。オーちゃんは親友とずっと一緒にいられるんだからさ」


その言葉にシオンはもう友人とも初恋相手とも会えないのだと思い出す。


「初恋相手はお父様ですか?」


ルミエールはシオンを見て聞く。話からシオンが義理の父親を慕っているのを知っているからだ。


「……孤児院にいた高校生の優しいお兄ちゃんかな。色々教えてくれていつも遊んでくれて、ご飯の時は必ずデザートをくれたわ。でも、すぐにいなくなっちゃったのよね。病気で亡くなったって知ってすごく悲しかった」


シオンは寂しそうに言う。思わぬ重い話にルミエールは狼狽する。


「もうご飯を分けてもらえないと思うと物凄く悲しかったわ」


「そっちなのかい!」


イタズラっぽく笑って言うシオンにルミエールは思わず突っ込む。が、シオンの手が微かに震えていることに気付いて内心動揺する。そして、わざと心にもないことを言い場を明るく取り繕ったのだと気付いた。


他の二人はそれには気付かず呆れたようにシオンを見ている。


何故に無神経のように相手に見せるのか解らない。人には損しているなどと言っているがシオンの方がよっぽど損をしている。


「…もうとっとと戻りますよ」


ルミエールは言い歩き出す。この事はシオンのいないところで話すべきだろう。


医療室に戻るまでは誰も喋らず何となく道程が長く感じた。



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