4話 じいさん、無くす
何がまずかったって?
ついついテンション上がってしまったからか、少しばかりの尿意を催しちゃったんだよ。
魂魄だけでも生理現象はあるようで、と言っても現世での食事、睡眠、排泄とは少し違うらしい。
大きく違うところは排泄だ。
転生省のあるここや、この先の黄泉の国には霊気というものがあるらしい。
これが魂魄に干渉するようで、厄介な事に思念などの影響で穢れた霊気も勝手に取り込まれる。
そういった穢れた霊気を溜め込むと魂魄に「澱」という不浄なものが溜まり、溜め込みすぎると畜生に堕ちてしまうようだ。
畜生になると地獄で獄卒に監視されて、澱が消えるまで拷問を受けるようだ。
それだけは絶対にさけたい。
だが、そういった事情よりも、もっと切実な問題がある。
92歳のじいさんの状態で死んでいるのだ。
我慢を続けるなんて不可能なんだよ。
あと、10歳若ければ違ったんだが…
「シー子さん、ちょっと厠へ行かせてもらえないか?」
「(イラッ)第1庁舎にもありますが、そこまで我慢できませんか?ここのトイレは第3庁舎に近いので海部様にはお勧めできかねますが…」
「ごめんね。どうも歳だからすぐ行かせてほしくて」
「はあ…そうですか…では、あちらですので、トラブルが無いように手短にお願いしますね。それと、チケットですが預かっておきましょうか?」
「いやいや、大丈夫!自分で管理できるよ!」
そう言ってジャケットの内ポケットにチケットをしまいトイレへと向かった。
こんなレアなチケット、流石に案内人といえども他人に預けるのは不安だ。
それに、使ってしまう前にトイレでこのSランクの輝きを目に焼き付けておきたい。
いつか転生した先で、孫の颯太に会えたら自慢したいと思ったのだ。
なんでジャケットなんか着てるかって?
火葬する時に妻が棺に、私の一張羅をしっかり揃えて入れてくれてたんだよ。
スーツ一式に革靴。
このループタイなんて、昇進祝いに子供たちがバイト代と小遣いを合わせて、妻とみんなで選んでくれた宝物だ。
本当に私の事を考えてくれる、いい妻だ。
そんな事を考えながら受付の角を曲がり、トイレに向かおうとすると
『ドン!』
と、反対側から来た男とぶつかり、しりもちをついた。
「いや、申し訳ない。私の不注意でぶつかってしまったね、怪我とかはないかな?」
と聞くも、男はフードをかぶったまま、目線も合わせずに、そそくさと庁舎を出て行った。
トイレでサッパリしてから心の中でこう言った
「見せてもらおうか。S級チケットの輝きとやらを…」
と、自分でもニヤついているなと思いながら内ポケットに手をいれると
・
・
・
チケットが無い
・
・
・
ジャケットだけでなく.ズボンのポケットに至るまで確認する…
果ては、股引の前開き部分まで広げるものの…
無い
トイレ中を探すがどこにも無い。
慌ててトイレを出て、来た道を探すがどこにもなく、ついに、シー子さんの元まで戻ってきてしまった。
「海部様、それでは行きますよ」
「…無くなりました…」
それは、あまりにも小さい声だった…
今までの調子の良さからは想像できないような
蚊が飛んでいる程度の大きさの声だった…
「はい?」
「…転生チケットが、トイレで無くなりました」
「…はあ!!??」
シー子さんは呆れと驚きと焦りが混ざったような口調で
「アレがどんなものかわかってますか??ろくに徳を積まなかった者がアレで転生なんかしたら、現世にどんな影響が出ると思ってるんですか?よく思い出してください!ポケットとかトイレとか…あー、股引の中とか?心当たりありませんか!?」
まくしたてる彼女に、私は気圧されながら必死に考えた
ジャケットのポケットにもなかった。
ズボンのポケットにもなかった。
シー子さんがいうように股引にもない、確認済みだ。
トイレにもなかった。
考えろ、考えろ、他に何かなかったか…
…!…
「…あ……人とぶつかりました」
「どんな人です?」
「フードかぶった男で、顔はよく見えなかったんだけど、確かこの庁舎から出て行くところまで見ました」
「…庁舎から出て行った!?…まさか!?…着いてきてください!」
シー子さんはそういうのが早いか、僕の腕を取るのが早いか。
僕を引っ張り、入り口を出て第2庁舎のトイレがあった方向とは反対の建物。
すなわち、第1庁舎へと走り出した。
11/5句読点や改行など修正しています。




