1話 じいさん、逝く
初めは物心つく前、父方の祖父の葬儀だった。
高校生になる頃には親戚のおばちゃん。
社会人になると同僚の家族、そして自分の母方の祖父母。そのうちに両親。
そうやって幾度となく、誰かの葬儀を経験してきた。
そして歳を取るにつれ、同僚や友人などを送り出してきた。
そんな僕が今見ているのは、自分自身の葬儀だ。
泣いてくれる娘や息子の顔、そして孫たち。ひ孫に至っては生まれたばかりで、時折無邪気に笑っている。その声がほんの少しだけ、場を包み悲しみを紛らわせているようだ。
妻に関しては寂しそうな顔ではあるが、凛として、どこか優しく僕を送り出してくれている。
そんな表情をしている。
「そういうところが好きなんだよなぁ……」
そんなことを思いながら、僕は僕自身の葬儀を俯瞰して見ていた。
--そう、僕は数日前に死んだんだ。
交通事故などの突然の理不尽ではなく、純粋な老衰による大往生。享年92歳だった。
僕の人生は、何もかもうまくいって順風満帆と言えるものではなかった。
挫折の連続だった。
青春時代に打ち込んだスポーツも万年補欠。
離婚して娘と離れ離れになったこともある。
自暴自棄になり全て終わらせてしまおうなんて早まった時もあった--
そんな時、同僚だった今の妻に救われた。僕の人生を左右する大きな分岐点だったと思う。
その後再婚し、妻との間に新しい子供が生まれたりと、幸せなことも辛いことも山ほどあった。
その中でも、前妻との娘、優月との関係も少ない時間の中で良い関係を作れた。成人してからはまた僕達のもとに行き来してくれるようになり、妻ともども良い関係を築けたのは、人生の大きな救いだった。
そんな僕の趣味と言えば、再婚を機に始めたランニングだった。
きっかけはメタボ対策だ。特別太っていたわけではないが、お腹周りが気になったことだ。
走り始めると、みるみる体型が締まっていくのが嬉しくなり、マラソンの大会にも参加するようになった。同年代よりは遥かに体力のある中年期を過ごしてきたと思う。
そのランニングで培ったメンタルのタフさのおかげか、仕事でもそれなりの立場を任された。
部下を持ち、後輩を育成しながら会社に貢献することができた。
もう一つの趣味といえば定年後に読み始めたラノベだ。小学生になる孫が『じいちゃん読んでみて!』と渡してきた異世界モノ。
--ドップリだった--すっかりハマってしまい、年金が降りるとその足で本屋へ向かい、自分で購入したものだ。
孫とは『あの設定は無理がある』とか、『あの場面でアレはアツすぎる』とか話したモノだった。
そんな僕の人生ではあったが、やはり歳には勝てなかった--数日前に自宅のベッドで最愛の妻に見守られながら旅立ちの時が来たのだ。
最後まで甲斐甲斐しく世話をしてくれた妻に、
「……もう一度生まれ変わるんだったら、また…やよいと出会って…一緒になりたいなぁ」
「私も…うみちゃんとの人生。ほんとうに楽しかった。ありがとね…」
「…ありがとな…」
たぶん、僕の声は喉がなるような音ばかりで、言葉とはいえないものだっただろう。だけど、ほとんど口の動きだけで妻は理解してくれた。
涙を滲ませながら、優しく笑いかけてくれる--感覚のない左手だが、妻の温もりだけは感じていた。最後の力で妻へと笑い返そうとした--
そのまま--ゆっくりと目を閉じたのだった--
妻に看取られたあと、少し時間が経って気づいた。
僕は、病院のベッドで眠る僕を見ていた。
「あ。死んだんだ。」
すぐに納得する僕。自分で言うのもなんだが切り替えが早い自分に、今回は少し引いた。
ベッドの周りには訃報を聞きつけ娘や息子、孫達も集まっている。
(こんな大勢の人に集まってもらえて、山あり谷ありだったが、いい人生だったなぁ。)
そんな物思いにふけっていると、
「海部さん、海部陸太さん。」
と、誰かに呼ばれた。
振り向くと、そこには二十代後半と思われるスーツを着た凛とした女性が立っていた。
現実ではみたことがない、薄く淡い青色の髪を腰まで伸ばし、それを一つに束ねている。左手にはタブレットのような端末を持ち、僕を見つめていた。
ハーフのような透き通るような白肌と青い瞳。瞳の色と髪の色がとても調和しており冷ややかだがそれでいて安心するような独特の雰囲気をもっている。
ここにいる僕の息子や孫たちが見たら、誰もが目を疑うほどの美人なのだろう。
だが、僕にとっての最愛は妻ただ一人なので、僕は至って冷静で丁寧に対応した。
「あ、はいはい。なんでしょうか?」
と答えると。
「私は転生省から来ました。死者の魂魄を案内する者、転生省の天使Cと申します。これから先、海部様の担当となりますのでよろしくお願いいたします。」
「あれあれ。これはこれは丁寧にどうも」
そういってお辞儀をする。
([てんせいしょう]の[天使のちゃ…]、ん?なんだっけ?…)
胸元に名札のような物を発見した。
(あ、[天使のCさん]だ。)と名前を覚えた。
「ところで、[てんせいしょう]とはなんでしょうか?」
そう聞く僕に色々と説明してくれた。
どうやら死んでしまうと魂だけ、魂魄と言う状態になる。
魂魄は輪廻転生を繰り返すようで、そのいく末を管理する組織を[転生省]というらしい。
そんな説明を葬儀までしてもらった。
そんな中、残された家族は慌ただしく、葬儀の段取りに追われた。悲しむ暇もなくあっという間に数日が経った--
--そして、葬儀が終わり、息子の車の中。僕の遺影は妻に抱かれている--
いよいよ、その時が来た。
職員が内部をチェックし、二重ロックの鍵を回し、電源を入れた。
そして、最後のボタンを入れるのは--妻だ。
今まで、凛としていた妻--ボタンの前に来て--手が止まった。
次の瞬間
「うみちゃーん、うみちゃーん!やだよー!居なくなったらやだよー!」
突然、子供のように泣きじゃくる妻--いつも笑っている妻が見せた。子供達は初めて見る妻の涙。その場にいたものが涙を堪えられなくなっている。
それを見て、優月が妻に駆け寄り背中を優しくさする。本物の親子のようなその光景が嬉しかった。それを見た息子の優太が
「母さん、代わろうか?」
と、優しく声をかけるが、妻は首を横に振った。
「……大丈夫」
息を飲み込みながら妻は続ける。
「…うみちゃんは私がちゃんと送ってあげないと」
涙で真っ赤な瞳はいつものように前を見始めた。
そして、もう一度息を飲み込み。
「いってらっしゃい。」
優しい声とともにボタンは押され、僕の体は炎に包まれていった--
その後家に戻り、初七日を済ませると、この数日色々と教えてくれたCさんが
「初七日が終わりましたので、このまま転生省に行くこともできますし、四十九日まではこちらに残ることもできますが、いかがなさいますか?」
「…これ以上いたら、余計に未練が残ってしまいそうで、ここでお別れにさせてください。」
少し迷ったが、僕はそう答えた。
「そうですか、わかりました。それでは海部さん、これが最後のお別れになりますよ」
そう促され、僕は名残惜しく妻の顔をじっと見つめた。
「はい、分かりました」
僕が答えた瞬間、目の前に大きな扉が現れた。
それが開くと同時に、視界が強烈な白に包まれた。あまりの眩しさに目をつむったまま、手を引かれ少し歩いた--
「着きましたので目を開けてください」
という声に恐る恐る目を開けた。
そこは今までいた自宅ではない、全く別の場所だった。
まるで都市部の大きな区役所のような建物。
Cさんに案内されて入った建物の中--
カウンターの向こうでは、Cさんと同じようなスーツを着た職員たちが、慌ただしくハンコを押したり、長蛇の列に対して説明をしたりしている。
並んでいる者は私と同じ人間だったり、犬猫やライオンまでいる。さらには尻尾や獣耳のようなものを生やした人間もいるではないか!
その光景に私は驚きと同時に年甲斐もなく1人興奮していた。
11/3改稿しました。表現したかったことが全く書けてなかったため。葬儀までの時間や葬儀での出来事を追加しています。




