14話 じいさん、教える
僕が言った言葉に、シー子さんは少しの間をあけた。
呼吸を整え終わったのか、背筋をスッと伸ばして向き直った。
「海部さん。いろいろとお伺いしたいことなどありますが。まずは輪廻の輪に戻れたこと。おめでとうございます」
「どうも、ありがとう」
「まさか帰ってくるとは思いませんでしたが、ひとまず庁舎の方へお越しください」
「ははは、わかりました。それにしても私の言った通りになりましたね」
「何がですか?」
「また、お願いするって言ったでしょ」
その言葉にハッとしたシズカ。
そういえばアメーバに転生する前、確かにそんなことを言っていた。
(あんなのおじいさんがよく言う、社交辞令の挨拶でしょ…本当にこんなことになるなんて…)
S級チケットでの転生であれば、記憶の保持はよく聞くこと。
しかし、一般の転生では極めてまれな現象。
ましてやアメーバなんて論外であった。
アメーバになったが最後、延々と徳を積まずにアメーバを繰り返すのが常識だ。
そんなことを全く知らない陸太は、シズカと並んで歩きながら話した。
「僕がアメーバの間、みんな元気にしてたかい?」
「え、ええ」
「ご飯も、元気出して食べてたかい?」
「…え、ええ」
「少し背が伸びたんじゃないか?」
「…伸びてません」
(実家のおじいちゃんか!)
と心の中で激しく突っ込むシズカ。
「ところで1000回も転生して、よく正気が保てましたね。」
「いやあ、本当にいろいろと大変だったよ。まあ、大変と言っても何があったか、実際のところはわからないんだけどね。しかし、なんだね。アメーバというものは、なかなか奥の深い生き物だね」
「そ、そうですか。大変でしたね」
(…そこじゃない…だめだ…海部さんといるとペースが乱されていく)
シズカは頭を抱えながら歩いた。
庁舎に入ると、陸太は一つの部屋へと案内された。
シズカは上司に報告があるので、座って待っているように伝え、一度部屋を出ていった。
ガラス製のテーブルを挟み、2人掛けのソファーがある。陸太は入口側のソファーへ腰をおろした。
(ソファーに座るなんて久しぶりだな)
ただひたすらに仮足を動かし続け、休まることのなかったアメーバ時代。
ようやく、落ち着けた気がした。
ソファーが身体をしっかりと受け止めるような感覚に嬉しくなった。
僕は、反発を確かめるように少し体重をこめてみた。
力を入れた分だけ押し戻してくるソファー。
(なかなか楽しいぞ!)
孫の颯太が小学生の頃、休みに遊びに来てはソファーで跳ねていた。
「壊れるからやめなさいよ」
そんなふうに注意していたが、やってみると意外と楽しいことに気づいた。
少しの間続けていると、背後に冷たい視線を感じた--
シー子さんがお茶が乗ったお盆を持った状態で、プルプルと震えてこちらをみている。
(お盆、重たいのかな?持ってあげようかな?)
そう聞こうとしたが、僕の前と向かい側にお茶を置いて座った。
こほん。と言う小さな咳払いとともに、すぐにシー子さんは本題に入った。
「それでは海部さん。今回の件。転生省では前例がない事態です。そのため、海部さんにも聞き取り調査をさせていただきます」
「あい。わかりましたよ」
「まず、海部さんの今の状態をこちらの端末で確認しながらお話しさせてください」
そう言うと、手に持った端末をくるりと、僕の方から見えるように向けながら、テーブルに置こうとした--その手が止まった。
再び自分の方に端末を持ち直し、固まったシー子さん。
スクロールを始める。
固まる。
またスクロールする。
そして固まる。
何度かして--
「海部さん!これどういう事なんですか?なんでこんなにいっぱいスキルがあるんですか?」
「え?」
突然、大きな声で聞いてくるシー子さんに驚いた。
「え? じゃないですよこれ!しかもスキルレベルが10とか、どうやったらアメーバでこんな事になるんですか?」
「ああ、それね、何回も死んでたらそうなったんだよ」
「な、何回も死んでって…そ、そもそもですね、スキルというのは…」
ここでスキルについて説明された。
まず、スキルには2つの種類があるようだ。
種族スキルという転生した生物特有のスキル。
それと固有スキルというその人の人生の積み上げで獲得するスキル。
それを通常は、メインスキルとサブスキルという2つの枠に獲得したものをはめ込んでしまうらしい。
そのため、普通なら多くても2つしかスキルを獲得できないようだ。
以前、【折れない心】の【スキル定着】の詳細で見たことと概ね一致していた。
「だから、海部さんのこの状態は異常の一言で済ませられるようなものじゃないんですよ。…こんなにいっぱい…『定着スキル』ってなんなんですか?」
「あぁ。寿司屋の湯呑みたいでしょ?」
「…なにがですか?」
「スキル!」
「…はい?」
「並んでるでしょ?」
「…はい」
「魚の名前!いっぱい書いてる湯呑!」
「…」
「鮪とか鰺とか、イワsh…」
そう言いかけてシー子さんの顔を見て気付いた。
(あ、これは冗談言ったらダメなやつだ)
「いやいや、なんか固有スキルに【スキル定着】って能力があって…」
と言い直すと
違和感を感じたようにシー子さんがいう。
「…え、待ってください。さっきからおかしいです。なんでスキルの数や詳細知ってるんですか?」
「ん?いや、転生中にこうやって念じると…」
《ブウゥン》と僕の目の前にステータス画面が開いた。
「お、ここでも開いた!」
嬉しくなった僕に対して、慌てるシー子さん
「え?うそでしょタブレットじゃないと見えないでしょ?え…えっ?」
「そうなの?ステータスオープンって念じたら出るよ」
「まさかそんな…」
シー子さんは何か考えるように黙った。
次の瞬間--
《ブウゥン》
と、シー子さんの前にも光が現れた。
「えええええええええええ!」
「こんなのだれもしらない!おかしい!」
慌てるシー子さんに
「ほらね。開いたでしょ!」
「開いたでしょじゃないですよ!こんな事、転生省でも誰も知らないし、聞いたこともないですよ!!」
「そうなの?よくないよ!固定観念!色々チャレンジしないと」
「は、はい。頑張ります」
少しの沈黙があった。
「すみません。少し席を外させていただいてよろしいですか?」
「あ、はいはい。どうぞ」
僕は、にこやかにそう言った。
シー子さんは、僕に一礼し席を外した。
トイレへと早足で向かうシズカ。
ドアを閉めて、シズカは周りに人がいないことを確認した。
そして、念じた--
(ステータスオープン)
《ブウゥン》
やはり目の前に現れるステータス画面
その情報と手元のタブレットに出した、自分のステータスと見比べる。
(…ヤダヤダヤダヤダ…本当に私の情報出てるじゃない…こんなの上司にも報告できないし…誰にも相談できないじゃない…)
あまりの事態にパニックになり、泣いてしまいそうになる--
「…よし!なかった事にしよう!」
シズカの瞳は、いつものよう吸い込まれそうな青色。
その瞳には、落ち着きと冷静さが戻っていた--
コンコン
ノックした後にドアを開けたシズカ--
「えー!すごーい!私にもできたー!」
「でしょう。でしょう。みんなできると思うよ。」
「陸太さんって物知りですねー!」
「伊達にアメーバ1000回やっとらんよ!」
「アハハハ。アメーバ1000回って!」
ドアの向こうには、陸太とヒナがいた。
2人の前にはそれぞれ、光る文字が浮いている。
とても楽しそうに談笑していた。
シズカはそっとドアを閉めた。
ドアノブに手をかけたまま目をつむった。
そんなシズカの唇から、こんな言葉がこぼれ落ちた--
「…帰りたい」




