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婚約破棄された悪役令嬢は追放先で有能臆病王子に溺愛される  作者: 水曜


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4/6

月明かりの下。


デュランは、一人で魔物の群れへ歩いていった。


「デュランさん!」


マリシアが叫ぶ。


しかし、彼は振り返らない。


いつもの彼なら、魔物の姿を見ただけで青ざめていただろう。


逃げる場所を探し、物陰に隠れていたはずだ。


けれど今は違う。


足取りに迷いがない。


剣を握る手も震えていない。


「グルルル……!」


魔物の一体がデュランへ飛びかかる。


その瞬間。


キィン――!


鋭い金属音が響いた。


デュランの剣が魔物の爪を受け止める。


そして。


「遅い」


一閃。


魔物が地面へ倒れた。


「……え?」


マリシアは目を見開いた。


速い。


あまりにも速い。


次の魔物が横から襲いかかる。


デュランは半歩だけ身体を引いた。


魔物の爪が空を切る。


その懐へ入り込み。


「そこだ」


剣を振る。


また一体。


倒れる。


「すごい……」


誰かが呟いた。


村人たちも、ただ呆然と見ている。


「デュラン殿下が……?」


「魔物を……?」


「一人で……?」


誰も信じられない。


それも当然だった。


この国でのデュランの評判は、決まっている。


――臆病者。


魔物を見れば逃げる。


喧嘩が起きれば隠れる。


軍事訓練では誰よりも早く降参する。


王族らしい威厳がない。


そんな男だと思われていた。


だが。


今、彼の剣を見れば。


その評価が間違っていたことなど、一目で分かる。




「また来るぞ!」


さらに魔物が三体。


デュランは剣を構えた。


「……面倒だな」


その呟きに、マリシアは少し驚いた。


嫌そうだった。


怖がっているわけではない。


むしろ――。


心底、うんざりしている。


「できれば戦いたくないんだけどな」


デュランは小さく息を吐く。


「でも」


視線がマリシアへ向く。


「あなたを守るって決めたから」


次の瞬間。


彼の姿が消えたように見えた。


一歩。


二歩。


三歩。


瞬く間に魔物の懐へ入り込む。


剣が月明かりを描いた。


一体。


二体。


三体。


すべてが地面に倒れた。


「…………」


静寂。


誰も声を出せない。


最後の魔物が倒れたところで。


デュランは剣を鞘へ収めた。


「……終わった」


その途端。


「怖かった……」


へなへなとその場に座り込んだ。


「…………」


村人たちは目を丸くした。


「え?」


「殿下……?」


デュランは両手で顔を覆う。


「怖かった……本当に怖かった……」


先ほどまでの冷たい表情は、どこにもない。


完全にいつものデュランだった。


マリシアは思わず駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「マリシアさん……」


「怪我は?」


「ありません」


「本当に?」


「はい」


マリシアは彼の腕や肩を確認する。


傷はない。


それを確認して、ようやく胸を撫で下ろした。


「よかった……」


「……心配してくれたんですか?」


「当然でしょう」


「…………」


デュランの頬が赤くなる。


「嬉しいです」


「もう……」


マリシアは呆れたように笑った。


けれど。


その胸の奥には、別の感情が芽生えていた。


この人は怖がりだ。


本当に臆病なのだ。


それでも。


自分が危険にさらされた瞬間だけは、逃げなかった。




魔物を片付けたあと、村人たちはデュランを囲んだ。


「殿下!」


「ありがとうございました!」


「おかげで村が助かりました!」


「本当にありがとうございます!」


デュランは困った顔をした。


「いえ……僕は別に……」


「どうして今まであんなに強いことを隠していたんです?」


一人の村人が尋ねる。


デュランは少し考えた。


「……知られたくなかったからです」


「なぜ?」


「強いと分かると、戦えと言われるから」


村人たちが黙る。


デュランは剣を見る。


「僕は戦うのが嫌いです」


そして、静かに続ける。


「誰かを傷つけるのも嫌いです」


「…………」


「だから、逃げられるなら逃げます」


その言葉には嘘がなかった。


「でも――」


デュランはマリシアを見る。


「逃げたら、誰かが傷つくときだけは……逃げられません」


マリシアの胸が熱くなった。


この人は臆病だからこそ。


怖いものを知っている。


痛みを知っている。


だからこそ、守ると決めたときには誰より強くなれる。


「……デュランさん」


「はい?」


「ありがとうございます」


マリシアは頭を下げた。


「私を守ってくださって」


デュランは慌てる。


「い、いえ! 当然です!」


「当然ではありません」


「……」


「本当にありがとうございました」


マリシアが微笑む。


デュランは顔を真っ赤にした。


「……どういたしまして」




その夜。


魔物の後始末が終わり、村が静かになった頃。


マリシアは一人で家の外に出ていた。


空を見上げる。


星が綺麗だった。


「……不思議な人」


最初は変な人だと思った。


毎日のように贈り物を持ってくる。


畑仕事まで手伝う。


王子なのに城を抜け出す。


臆病で、争いが嫌い。


でも――。


「強いのね」


それだけではない。


強さをひけらかさない。


誰かを傷つけることを喜ばない。


それなのに、大切なもののためなら自分が傷つくことを恐れない。


「……私、どうしてこんなに気になるのかしら」


マリシアは自分の胸元に手を当てた。


少しだけ、心臓が速い。


そのとき。


「マリシアさん」


「!」


後ろから声がした。


デュランだった。


「どうしました?」


「……眠れなくて」


「魔物のせいですか?」


「それもあります」


デュランは苦笑した。


「でも、それだけじゃありません」


「?」


彼は少し迷ったあと。


マリシアの隣に立った。


「僕があなたを守れなかったらと思うと、怖かったんです」


「……守ってくださったではありませんか」


「結果的には」


デュランは夜空を見上げる。


「でも、もっと強くならないといけないと思いました」


「これ以上?」


マリシアは驚く。


あれだけの強さがあるのに。


「僕は臆病だから」


デュランは笑った。


「だから、怖いものをなくすことはできません」


「……」


「でも、怖くても立てるくらいには強くなりたい」


マリシアは何も言えなかった。


デュランは少し恥ずかしそうに続ける。


「あなたの隣にいるなら」


「……私の?」


「はい」


デュランは真っ赤になった。


「僕は、あなたの隣にいたいです」


マリシアの頬も熱くなる。


「……ずいぶん大胆なことを言うのですね」


「い、今のは忘れてください!」


「嫌です」


「えっ」


「忘れません」


マリシアは微笑んだ。


「私も……デュランさんが隣にいてくださると、安心しますから」


「…………」


デュランが固まる。


「デュランさん?」


「……今日はもう帰ります!」


「え?」


「これ以上いると、僕、嬉しすぎて倒れそうなので!」


「ふふっ」


デュランは顔を真っ赤にしたまま、城へ向かって走っていった。


その背中を見送りながら。


マリシアは小さく笑った。


「……本当に、変な人」


けれど。


その声には、もう嫌悪など欠片もなかった。


むしろ――。


少しだけ。


彼が帰ってしまったことを寂しく思っていた。






マリシアの家の前に、また籠が置かれていた。


中にはパンと果物。


そして一枚の紙。


『昨日はありがとうございました』


そこまでは普通だった。


だが、その下には。


『今度は前より早く行きます』


さらにその下。


『できれば、朝から一緒にいたいです』


マリシアは紙を見つめる。


「……朝から?」


その瞬間。


遠くから。


「マリシアさーん!」


デュランの声が聞こえた。


マリシアは思わず笑った。


「本当に来た……」


ところが。


「マリシアさん!」


走ってきたデュランの後ろから、別の騎士が叫んでいる。


「殿下! 今日は重要な会議が――!」


「聞こえません!」


「聞こえているでしょう!」


「マリシアさんと約束したんです!」


「してません!」


「…………」


デュランが止まった。


「……してませんね」


マリシアは吹き出した。


辺境の小さな村に。


今日もまた、臆病者王子がやってきた。


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