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婚約破棄された悪役令嬢は追放先で有能臆病王子に溺愛される  作者: 水曜


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2/6

マリシアは日の出とともに目を覚ました。


簡素な寝台から起き上がり、窓を開ける。


ひんやりとした空気が部屋に入り込んできた。


「今日もやることがたくさんあるわね」


昨日のうちに掃除は終えた。


次は畑だ。


昨日耕した土地に、薬草の種を植えなければならない。


それから薪の確保。


井戸の場所も確認しておきたい。


「まずは畑。そのあと薪。それから――」


マリシアは今日の予定を頭の中で組み立てながら外へ出た。


すると。


「お、おはようございます!」


「……え?」


昨日の青年が立っていた。


両手には、何やら大きな籠を抱えている。


「あなた……」


「き、昨日ぶりです!」


「ええ。昨日ぶりですね」


マリシアは首を傾げた。


「今日はどうされたのですか?」


「え?」


「また、この辺りを通りかかったのですか?」


「そ、そうです!」


青年は勢いよく頷いた。


「偶然です!」


「……そうですか」


マリシアは青年の後ろを見る。


道は一本。


この村は辺境の中でもかなり奥まった場所にある。


そして彼が来た方向には、城しかない。


「昨日も同じ時間に来られましたよね?」


「…………」


青年が固まった。


「偶然です」


「二日連続で?」


「……偶然です」


「この村へ来る用事が?」


「……ありません」


「では、なぜ?」


青年は黙り込んだ。


しばらくして。


「……会いたかったので」


小さな声だった。


「え?」


「あなたに……会いたかったので」


今度はマリシアのほうが固まる。


青年は顔を真っ赤にしながら籠を差し出した。


「こ、これ!」


「これは?」


「食べ物です!」


蓋を開けると、パン、果物、チーズ、焼き菓子などが入っていた。


「こんなに?」


「昨日、何も食べずに畑仕事をしていたでしょう?」


「見ていたのですか?」


「はい」


「ずっと?」


「……はい」


青年は気まずそうに目を逸らした。


マリシアは思わず笑ってしまう。


「ふふ」


「な、何か?」


「いえ。変わった方だと思って」


「……よく言われます」


青年はしょんぼりした。


その姿を見て、マリシアはまた笑った。


「ありがとうございます」


「……!」


青年の顔が一気に明るくなる。


「い、いえ!」


「せっかくですから、一緒に朝食を食べませんか?」


「いいんですか?」


「はい」


「食べます!」


返事だけは異様に早かった。




二人は簡素な木の机を挟んで向かい合った。


「ところで」


マリシアがパンをちぎりながら尋ねる。


「お名前を伺っても?」


「…………」


青年がパンを落としそうになる。


「僕の……名前ですか?」


「はい」


「デュランです」


「デュラン様」


「様はやめてください!」


「では、デュランさん」


「……はい」


なぜか嬉しそうだった。


「私はマリシアです」


「知っています」


「……なぜ?」


「昨日、村長から聞きました」


「なるほど」


そこでマリシアは気づいた。


「そういえば、デュランさんはどちらにお住まいなのですか?」


「城です」


「……」


「…………」


沈黙。


「城?」


「はい」


「この近くに?」


「はい」


「……」


マリシアは昨日からの彼の言動を思い返した。


珍しい果物。


質の良い花。


立派な服。


そして城に住んでいるという。


「もしかして……」


デュランの肩が跳ねる。


「かなり身分の高い方なのでは?」


「そ、そんなことは!」


「ですが城に住んでいるのですよね?」


「住んでいますけど……」


「では、もしかして王族――」


「違います!」


即答だった。


あまりにも必死だったので、マリシアはそれ以上追及しなかった。


「そうですか」


「はい」


デュランはほっと胸を撫で下ろした。


だが。


その直後。


「殿下ーっ!」


遠くから大声が響いた。


デュランの顔が青ざめる。


「……まずい」


「どうされました?」


「見つかった」


「何が?」


「僕がここにいることが」


「?」


さらに声が近づいてくる。


「デュラン殿下ー!」


マリシアの手が止まった。


「……殿下?」


デュランは目を逸らす。


「…………」


「デュランさん?」


「…………」


「まさか」


そこへ、一人の騎士が駆け込んできた。


「殿下! こんなところにおられたのですか!」


「…………」


「朝から政務を放り出して、また城を抜け出されるとは!」


「…………」


騎士はマリシアを見る。


そして深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。この方がご迷惑をおかけしていませんか?」


「いえ……」


マリシアはデュランを見る。


「こちらの方は――」


騎士が答える。


「リューネ王国第二王子、デュラン殿下です」


「…………」


マリシアはゆっくりとデュランを見る。


デュランは気まずそうに笑った。


「……ばれちゃいました」


「…………王子?」


「はい」


「昨日も?」


「はい」


「今日も?」


「はい」


マリシアは額に手を当てた。


「どうして王子殿下が、私のような追放された令嬢のところへ……」


「それは……」


デュランは俯いた。


そして。


「あなたに会いたかったからです」


「…………」


また、マリシアの心臓が跳ねた。




「殿下。お戻りください」


騎士が促す。


「嫌だ」


「仕事があります」


「嫌だ」


「国王陛下がお怒りになります」


「……それは怖い」


デュランは震えた。


「では戻りましょう」


「でも……」


デュランはマリシアを見る。


「畑仕事を手伝ってから帰ります」


「殿下」


「お願いします」


「政務が」


「帰りますから!」


「今すぐです」


「…………」


デュランはしばらく悩んだ。


そして。


「……一時間だけ」


「十分です」


「二時間」


「三十分です」


「…………」


王子と騎士の交渉が始まった。


マリシアは思わず笑う。


「では、三十分だけお願いしましょう」


「マリシアさん!」


デュランが嬉しそうに立ち上がった。


「何をすればいいですか?」


「薬草を植えるための土を作ります」


「分かりました!」


デュランは袖をまくった。


王子とは思えないほど手際よく鍬を持つ。


「……上手ですね」


「こういう作業は好きなんです」


「意外です」


「城にいると、嫌なことばかりなので」


「政務ですか?」


「はい。人と人が争ったり、誰かを責めたりする話ばかりですから」


デュランは土を耕しながら言った。


「僕は、誰かが傷つくのが嫌なんです」


その横顔は穏やかだった。


マリシアは少しだけ彼を見直した。


「だから争いが嫌いなのですね」


「はい」


「それなのに、王子として国を治めるのは大変でしょう」


「……だから、僕には向いていないと思っています」


デュランは苦笑した。


「もっと勇敢な人が王子ならよかったんです」


「私はそうは思いません」


マリシアは言った。


「争いを嫌う人が上に立つことも、大切だと思います」


デュランが顔を上げる。


「……そう、思いますか?」


「はい」


マリシアは笑った。


「少なくとも、私はそういう人のほうが好きです」


「…………」


デュランの動きが止まった。


「……好き?」


「ええ。人として、という意味ですが」


「……そうですか」


デュランは耳まで赤くなった。


「…………」


そして。


鍬を持つ手に妙な力が入る。


ザクッ!


「デュランさん?」


「はい!」


「土にそんなに力を込めなくても大丈夫ですよ」


「すみません!」




その日の午後。


デュランは城へ戻された。


「絶対に逃げ出さないでください」


「分かりました」


「本当ですか?」


「はい」


「では、書類を――」


「…………」


デュランが窓を見る。


その先には、マリシアの暮らす村がある。


「殿下」


「はい」


「行かないでくださいよ」


「……はい」


騎士が部屋を出ていく。


静かになる。


デュランは机の上の書類を見る。


それから窓を見る。


「…………」


数秒後。


椅子から立ち上がった。


「明日も行こう」


彼の口元には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。




一方。


マリシアは畑に植えた薬草の種を確認していた。


「数日中には芽が出るかしら」


そのとき。


家の前に何かが置かれていることに気づく。


近づいてみる。


そこには、小さな木箱。


中には珍しい薬草の種が入っていた。


そして一枚の紙。


『明日、また来てもいいですか?』


マリシアは思わず笑った。


「……ふふ」


紙の裏には、小さく付け足されている。


『できれば、毎日会いたいです』


「……本当に変な王子様」


そう呟いたマリシアの頬は。


ほんの少しだけ、赤くなっていた。


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