かえるの絵本
今日の彼女は絵本を読んでいた。
珍しい。
西日が神妙な面持ちでページをめくる彼女の顔をオレンジ色に染め上げている。
その絵本のタイトルには友達の文字が刻まれていて、直感が不味さ不都合さ厄介さを告げた。
「お疲れ様です」
そう言って素通りするに限る。
「おかえりなさい」
と彼女はこちらに顔を向けて挨拶を返してくれた。
ただその瞳には自分がちゃんとロックオンされている。
帰宅時間を1時間ずらすという方法もあるが、彼女はそれでも待っていそうに思えた。
それに日が沈んでも玄関前の照明で読んでそうにも思えてしまう。
「この絵本を先程から何度も読んでいるのですけど、あいにく私には友人と呼べる友人が少なくてですね」
うん、まあ、この間の弾丸旅行で大体わかっているつもりだ。
さらに普通なら異性の隣人を旅行には誘わないと思われる。
だがあの桜の本は、そう言う本だった気もする。
近所付き合いがいい人は幸福度が高い的な論文を見た事があるが、それは逆で近所に友人がいる時みたいな感じだった覚えがある。
「すこし分からないんですが、友人は寝坊した友人を起こすものなのでしょうか」
それは主人公が寂しかったからと返すべきなのだろうが。
ただそれを分かって聞いてきているのだとすると。
「同姓の友人でも家まで起こしにいくのは稀かと。今はスマホがあるのでメッセージを送るくらいですかね。ただ漫画やアニメだと異性の幼馴染が起こしにくるシーンはよく見かけますよ。幼馴染は友人かは分かりませんが」
「なるほど、ありがとうございます。因みに君には仲の良い同姓の友人はいらっしゃりますか」
ああ、違う、これは違う。
何かが違う。
多分、これは仲の良い男友達はいますか? ではなくて、同性愛者ですか? と訊いてきてる気がする。
「いえ、最近は全然。高校生の時にお付き合いしていた女性とは進学して別れましたし、大学では2、3回付き合ってすぐ別れた程度ですかね」
「経験豊富なんですね」
貴女よりはねと、言いたくなったがこらえる。
知人の、事故で記憶障害を患ったクリエイターが知らないうちに8股していた話や。
何かに憑かれているせいで、付き合った人間の女性が必ず変死する知人に比べたら、経験豊富ではない。
あくまでも自分は一般的で平均的で普通だ。
貴方の恋バナを聞かせてください、と顔に出している緑川若葉。
それに、もう眠いんです、と顔に出して返事をすると、解放して貰えた。
翌日メッセージの音で目が覚めた。
若葉さんからのおはようのスタンプ。
そう言えば旅行時に連絡先を交換したんだった。
メッセージがなかったら遅刻していた。
ありがとうのスタンプを押した後に、いってきますのスタンプを押した。




