桜の本1
インターフォンの音で目が覚めた。
スマホで時刻を確認すると朝の4時丁度。
カーテンの隙間から見える空はまだ暗く、あと10分くらいすると明るくなり始めるだろう。
こんな時間に訊ねてくるのは隣人しかいないだろうと、脳がすーっと覚醒する。
せっかくの土曜日の朝。
隣人ではなかったらイラつくのだろう。
黒光りするアイツでも出たのだろうか。
まあ、部屋が汚いなら出るだろうな。
ただ本が溢れて汚いのなら銀色のアイツ。紙魚がいる可能性もあるが。
玄関の灯りをつけてドアを開けると想像以上だった。
紺色のブレザーの制服を着て、本と水色の切符を2枚かがけて微笑んでいた。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「突然ですが、旅行に行きませんか?」
本当に突然だ。
どういうことなのかと考える前に彼女が手にしている本の表紙を見た。
彼女の行動原因なんてものは全て本であると思い始めている。
病気で前頭葉が上手く機能していない人間が、刺激が人間を動かしていると言っていた。
本の表紙には学生服の男女二人、桜に橋、題目は臓器を食べたいと入っていてちょっと物騒だ。
切符を見ると行先は福井。
イラストのモデルとなった景色を観に行こうという事なのだろうか。
「緑川さん学生だったんですか?」
彼女が成人しているだろうという前情報がなければ、高校2年生くらいと誤認できるだろう。
一緒にいたら補導されそう。
「君と同じ歳と認識していましたが」
同い年なのかよ。
「ではなぜ制服を」
「この本の主役が高校生で、そう言えば私制服の写真2枚しかないなと思いまして」
親しい友人はいなかったのだろうかと思いはしたが、これは口に出してしまったらいけない。
「自分も制服を着ればいいので?」
「なければスーツでも構いませんよ?」
それはこちらが構うんだよ。
意外にも捨てていなかった制服に袖を通す。
すんなりと着れてしまい、成長していなさを感じる。
ひとは25歳まで成長すると聞いた事があるが、体は正直だ。
もし彼女に赤子が主役のライトノベルを読ませたら赤ちゃんプレイでもするのだろうか?
コンビニで朝食と飲み物を買い、6時16分発の新幹線に乗り込んだ。
これが京葉線なら違和感はないのだろう。
それよりも隣の彼女だ。
「落ち着かないんですか?」
「はい、友人と旅行なんて初めての経験ですが、それ以上に新幹線に乗りなれていなくて」
友人なんだ。
「君は落ち着いていますね」
「まあ、それなりに乗っているので」
「新幹線と言えばアイスですよね、以前読んだ本に出てきました」
何の本を読んだのだろうか。
「その多分スゴクカタイで有名なアイス、東北行きだったかと。それに車内販売は早朝はやっていないかと」
「そ、そうなのですね」
あからさまに落ち込んでしまった若葉さん……。
「インターネットでも買えるみたいですよ」
「新幹線で食べてみたかったんです」
「今あるか分かりませんが16番線ホームに自販機があるそうですよ」
「反対ですね……」
「今度一緒に東北にでも行きましょう」
なぜ自分が介護のような事をしているんだろう。
「約束ですよ」
「ええ、宮沢賢治でも読み返しておくことにします」
「出雲まで行きそうですね」
「春にはさくらのぼたもちをがあるみたいですね」
朝食を食べただけじゃ有り余る3時間。
その本のアニメがあったので500円支払って、小さなひとつの画面をふたりで見る。
有線イヤホンをモノラルで半分こ。
ステレオの悲劇を語った作品が脳裏を過る。
アニメは焼き肉、スイーツバイキング、梅酒とよだれが出そうにはなる。
ただ観る前にコンビニで買ったおにぎりを食べて置いてよかったなと思った。
となりの彼女も似たような事を思っているのかもしれない、お腹を軽く触っていたし。
福井に上陸。
○○の匂いがすると表現したかったが、恐竜しか思いつかなかった。
「カニの匂いはしませんね」
「春ですもんね」
西口に出ると空の色は青く染まっていて、お天道様は彼女に微笑んでいた。
ただ彼女は出迎えてくれた恐竜に対して見向きもしなかった。
通りを通って橋を渡り切ると目的地に着いた。
福井駅近くの場所でよかったし、幸運にも桜も満開だ。
「写真撮るので本と同じポーズ取っていいですよ」
そう彼女に向けて自分のスマホを構えると、若葉さんにスマホを取り上げられた。
「いいえ、ふたりで撮りましょう」
彼女がインカメにして撮ったスマホには、自分と若葉と無駄に発色の良いブレブレの桜が写っていた。
これだけではもったいないと、一度の自撮りで満足して風景を眺めている彼女を、沢山撮った。
自分のスマホに制服姿で溢れる若葉を見ると、青春の空白を埋めたような気分になった。




