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幕間:ヴィオレットの日記#5

1月17日


 年が明けた。帝都の空は相変わらず灰色だった。


 新年の挨拶回りが終わり、通常の政務に戻った。年末に滞っていた書類の処理、各領からの報告書の整理、春の予算案の下準備。父上が帝都にいらっしゃる間に決裁をいただかなければならないものが幾つかある。


 デイジーが淹れてくれた茶が温かかった。それだけで十分な一日だった。





1月28日


 十二諸侯会議に、アレハンドロ兄様の名代として出席した。


 兄様は北方視察から戻れず、書簡で委任状が届いた。「お前に任せる」とだけ書いてあった。兄様らしい。


 会議の席で私が発言することに眉を上げる者が何人かいた。侯爵家の令嬢が名代で来たこと自体が異例だったのだろう。だが議題は硝石の流通経路の見直しと春の徴税方針の二点で、どちらもフォルテシエラの主力産業に関わるものだった。黙って座っているわけにはいかない。


 発言は短くまとめた。数字を出し、前年比を示し、提案を一つだけ置いた。反論はなかった。反論がないことが合意を意味するのか、あるいは令嬢相手に議論する価値がないと判断されたのかは、わからない。


 帰路、馬車の中で議事録を読み返した。自分の発言が正確に記録されていた。それで十分だった。





2月6日


 サリーが帝都はもう嫌だと言っている。


 空気が悪い、飯がまずい、人が多すぎる、壁が近い。毎日のように理由が増える。先日は「門番の態度が悪い」が追加された。門番に何をされたのかは聞かなかった。聞かない方がいいと思った。


「息子を代わりに置いていく」と言い始めた。ジェフという名前だそうだ。16歳。サリーに似て口が悪いらしい。


 サリーの愚痴を聞いていると、少し息がしやすくなる。この人はいつも正直で、飾らない。私にはできないことを、この人は何でもないことのようにやる。





2月15日


 ジェフが帝都に着いた。


 赤茶の髪。父親に似た顔つき。背は父親ほどではないが、16歳にしては大きい。挨拶は「よろしくお願いします」の一言だけだった。ぶっきらぼうだが、目は真っ直ぐだった。父親と同じ目をしている。


 サリーがジェフの頭を叩いて「もっとちゃんと挨拶しろ」と言っていた。ジェフは黙って頭を下げ直した。


 使えるかどうかは、これから見る。





2月23日


 デイジーが客間の花瓶を割った。


 正確には、花瓶に水を足そうとして水差しを滑らせ、水差しが花瓶に当たり、花瓶が棚から落ちて割れた。本人は泣きそうな顔で破片を拾っていたが、怪我はなかった。


「すみませんすみません、弁償しますー」と言うので、あの花瓶はそもそも帝都の屋敷に元からあったもので、誰のものかもわからないから弁償の必要はないと伝えた。デイジーは「よかったですー」と笑って、次の瞬間に掃除用の箒を取りに走って廊下の角で転んだ。


 花瓶のあった場所に、デイジーが庭から摘んできた冬の小花が小さな器に活けてあった。花瓶より似合っている。





3月5日


 冬が終わる。帝都の街路樹に小さな芽が出ていた。


 成婚記念パーティーの招待状が届いた。御厨侯三女殿の成婚を祝う宴だそうだ。出席者の名簿に目を通した。十二諸侯の関係者が並んでいる。辺境伯家からも出席があるらしい。


 アレハンドロ兄様への書簡を書いた。フォルテシエラ侯爵家としての出席の報告と、十二諸侯会議での議決事項の要約。兄様は北方にいるから、帝都の動きは私が知らせるしかない。返書は早くて二週間後だろう。


 サリーが門番と揉めたらしい。ジェフが間に入って、結局三人で酒を飲んだとのこと。解決しているのかいないのかわからない。





3月12日


 衣装の仕立て直しをデイジーに頼んだ。昨年の社交着は袖の刺繍がほつれている。新調する時間はないから、手直しで済ませる。デイジーは裁縫が得意だ。頼むと嬉しそうな顔をする。


 髪飾りを選んだ。母上の形見の銀細工にしようかと思ったが、成婚祝いの席には華やかなものの方がいい。帝都で仕入れた珊瑚の簪にする。


 出席にあたっての挨拶の順序を確認した。主催への祝辞、各家への名刺配り、社交辞令の応酬。一つずつ手順を整える。漏れがないよう、紙に書き出した。





「縁談うまくいけばいいですね」

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