第6話 湯浴みでの出来事
ちゃぽん――。
アルトは広大な湯船に肩まで浸かり、体の疲れを癒していた。
天井は高く、雫のしたたる音がよく響く。
(まさかセレンさんが領主様だったなんて、知らなかったなぁ……)
この国に貴族は何人もいるが、ほとんどがちょっとした小金持ち程度のもので、領土領民を持つ貴族はほんの10にも満たない。フェフシュタイン家は帝国でも指折りの名家ということになる。
(……僕、なんだかすごいことになっちゃったなぁ……)
ロイたちにいじめられていた頃とは雲泥の差である。
(……ふぅ。このお湯、すごくいい匂いがする……)
高級な香油が混ざったお湯は、これまでの冒険者生活でボロボロになっていたアルトの肌を、優しく包み込んでくれる。
すると、脱衣所の方から控えめな足音が聞こえてきた。
「……アルト様、お背中、お流しします」
「 エ、エリアさん!?」
ガラリと扉が開き、湯気の中にエリアが姿を現した。
彼女は普段のメイド服姿とは異なり、青色のマイクロビキニのみを身にまとっていた。湯気に温められた彼女の肌は、ほんのりと桜色に照っている。
「 だ、大丈夫です!自分で洗えますから!っていうか、なんですかその恰好は!?」
「セレン様がこの服を着ろとおっしゃったのです。殿方はこのような恰好でご奉仕すると大変お悦びになると聞きましたので……。うぅ……」
(セ、セレンさん……!!なんて偏った知識を吹き込んだんだ……!)
エリアに促され、湯船から出るアルト。彼女は恭しくアルトの背後に膝をついた。
彼女が動くたびに、石鹸の香りと、彼女自身の甘い匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。
「……そ、それでは……お体失礼いたします……っ!」
エリアの瞳が、熱を帯びてアルトを見つめる。そして、彼女は体に泡をまとわせて、その女性らしい膨らみを少年の小さな背中に押し付けた。
「ひゃ……!?わぁ……!?」
柔らかく、なめらかな感触が背中を上下する。エリアはアルトの腹に手を回し、より密着しようとする。
「エ、エリアさん……!?その……、これは……!?」
「……セレン様が言うには、そのっ……、男性のお客様には……これが最高級のおもてなしだと……、んぅ……、アルト様、どうですか……?気持ちいいですか……?」
(こ、こんなの……恥ずかしくて爆発しちゃいそうだよぉ……!)
「……私はセレン様のように由緒あるお家柄というわけではありません。それに、リーゼロッテ様やガルザ様のように、特別な戦闘能力があるわけではありません。ですから、その……、せめてこれくらいのことは……っ!」
――もう限界だよぉ!!
アルトがそう思った、その時である。
「た、大変だ!アルト!すぐに来てくれ!」
血相を変えたガルザが風呂場に飛び込んできた。緊急事態を伝えたかったようだが、ほぼ裸体の二人の姿を見て、気まずそうに頬を掻いた。
「……お楽しみ中のところ、悪かったな……」
「ち、違います!断じてそのようなことしてないっていうか、その……ただの洗いっこですかぁああっ!!」
変な誤解をされたと思い、エリアは気恥ずかしくなって素っ頓狂な声をあげた。
「と、とにかく!今はそれどころじゃねぇんだ!セレンが人質に取られちまった!あのプラトスの使いの子が、ナイフを持ってセレンを……!!」
「なんだって!?」
アルトはすぐに着替えて、現場に急いだ。
セレンの部屋では、ルビカが震える手でナイフを持ち、フェフシュタイン家の令嬢の頸動脈に、冷たい刃をあてがっていた。
「……あら、アルトくん。エリアのご奉仕は楽しかったかしら?」
「そ、そんな悠長なことを言ってる場合ですか!!」
あまりにもセレンが泰然自若としているので、アルトは拍子抜けしてしまった。ルビカが数センチでも切っ先を動かせば、彼女は致命傷を負ってしまうというのに――。
「ち、近寄るな!!そこから少しでも動けば、この女の命はないぞ!!」
「……そんで、何が目的なわけ?」
ルネがダルそうな口調で言う。
「我が主プラトスはなるべく争いの無い形での解決を望んでいる!そこにある降伏文書に調印しろ!おとなしく領土と領民を引き渡せ!」
「そ、そんな乱暴ですわ!それに、どうして人間であるあなたがプラトスの肩を持つのです!」
「あ、あたしは竜の呪いを受けた……!家族も一緒にな……!でも、プラトス様は降伏文書にサインさせることができれば、呪いを解くと言っている!だから、し、仕方がないんだ!こうするしかなかったんだ!」
少女は一同に降参を迫り、さらにナイフをセレンの首に押し付けた――。




