第5話 最後通牒
アルトが三人の熱っぽい視線に気づいたのは、すぐであった。
リーゼロッテはアルトの小さな手を大事そうに拝借し、自らの乳房に押し付けた。彼女の瑞々しい柔肌は指に喜ばしい刺激を与える。
「……アルトくん、いや、アルト様。あなたはわたくしたちの救世主……。この御手には奇跡の力が宿っておりますわ……」
「い、いや、僕はただなんとなくっていうか、直感的にやっただけで、そんな大したことは……」
正直な感想だった。なんといっても、この解呪のスキルにアルト自身が一番驚いているのだ。
「……その無自覚さが罪深いのですわよ?あぁ……、アルト様は本当に罪なお方ですわ……」
リーゼロッテは目を感涙で潤ませながら、艶々した桜色の唇を少年の口に寄せていく。彼女が今にもアルトに接吻しそうだったので、ルネが割って入った。
「きゃぅ……!」
「アルトの魔力、もっと浴びたい、もっと研究したい……。ねぇ、私の部屋に来てよ……。二人っきりでその秘密の力を解き明かさない……?楽しいこと、いっぱいしてあげるからさ……」
ルネの声のトーンは落ち着いてはいたが、その吐息は切なそうで、男性を誘惑している時の色っぽさを帯びていた。
「いや、あの、その、あのぉ……!」
アルトは困惑してエリアに視線で助けを求めた。だが、エリアはただ顔を赤らめて俯いている。
「ったく、二人とも素直じゃねぇなぁ。そういうまどろっこしい言い方はあたしは好きじゃねぇぜ」
ガルザは軽く少年の肉体を持ち上げ二人からアルトを取り上げてしまった。
「おい、アルト。あたしの一族はな、命の恩人には全身全霊を尽くして報いなさいっていう教えがあるんだ。だからよ、一晩中あたしのことを好き放題にしてもいいんだぜ?」
「なっ……!?は、破廉恥ですわよ!?物事には順序というものがあるのですわ!」
「そうだよ……!ガルザみたいなガチムチおばさんにアルトを独り占めになんかさせない……!」
アルトを巡って、女三人による姦しい言い争いが始まってしまった。
他方、当の本人はガルザの胸に顔を強く押し付けられて、息も絶え絶えの状況である。
(い、息ができないよぉ……!)
しかし、少年が色々な意味で昇天する前に、セレンが面談客を連れて食堂に戻って来た。
彼女はこの痴話げんかを遮り、冷静な口調で言った。
「仲睦まじいのは結構だけど、状況は穏やかじゃないわよ。ルビカ、お相手さんの親書を読み上げなさい」
貧しい身なりをした少女ルビカは、震える手で親書を広げ、広間に声を響かせる。
「りゅ、竜貴族プラトスより、この地を不当にも支配するセレン・フェフシュタイン公に申し上げる!我は貴公に無条件降伏を要求する!明日までにこの地の支配権及び領民のすべてを我に速やかに引き渡すべし!もし拒否するというならば、この地全てを竜貴族の呪いが襲うであろう!明朝、我は貴公の領館を訪れ、回答を頂戴するつもりである!我は貴公に懸命なる決断を期待している!以上!!」
「……最後通牒ってところか?」
ガルザが口元に手を当て、真剣な表情で呟いた。
「あ、あの……これはいったい……?」
「あら、そういえばまだアルトくんにはこの国の状況について教えてなかったわね。いいわ、全部説明してあげる」
セレンはアルトを椅子に座らせて、詳らかに彼女の領土《フェフシュタイン公領》の現状について話し始めた。
「アルトくんも竜貴族が人の領土を奪っていることは知ってると思うけど、私の土地も、三分の一程度をプラトスという竜貴族に実効支配されているのよ。もちろん、その領民もね……。そうよね、ルビカ?」
「……はぃ……」
ルビカはぴくんと震え、セレンに卑屈な視線を送った。その振る舞いから、プラトスが人間をどのように扱っているかは一目瞭然だった。
「そんな……。竜貴族の存在は知ってたけど、まさかそこまで支配が進んでいたなんて……」
「帝国は竜貴族の存在を認めたがりませんから……。きっと意図的に情報操作されているのですわ。竜貴族関連の書物はすぐに発禁になると聞いてますし……」
「帝国の沽券にかかわるって思ってるんじゃないのかな……。まあ、お国のプライドなんて私にはどーでもいいけど……」
ルネは興味無さそうに呟いた。
「それで、近々プラトスの本格的侵攻に備えるため、実力はあるけど暇そうな人たちをかき集めてたってわけなの。竜貴族との戦闘経験がある人限定でね」
「領主様よぉ、暇そうとは失礼じゃねぇか?これでも命張って戦ってるんだぜ?」
ガルザが少し不機嫌そうな顔をする。
つまり、ガルザ、ルネ、リーゼロッテの三人はプラトスと戦うための戦力ということだ。
「……そして、君が運よく現れた。【聖なる紋章を受け継ぎし解呪】のスキル……竜貴族の呪いを無効化できる、君がね?アルトくん、私たちと一緒に戦ってくれる?その解呪のスキルで……私たちを救って欲しいの……」
食堂にいる者の視線が一気に少年に集中する。
「あの……、セレンさんは僕の村のことをご存じですか?」
「村?」
「はい……。僕の村は竜貴族に滅ぼされました。僕がパーティを組んで冒険していたのも、強くなって村を襲った竜貴族に復讐するためなんです。村の仲間たちや、両親の仇を討ちたい……その一心で今日まで生きてきました。僕の村を滅ぼしたのは……きっと……」
「……プラトスでしょうね。この領土には彼以外に竜貴族はいないわ」
「じゃあ、答えは決まってます……!」
アルトは小さな拳を握りしめ、勇ましく言った。
「僕は……戦います!こんなひ弱な僕がみんなの役に立てるかわかりませんけど、でも、僕の村で起きた悲劇を繰り返しちゃいけない!だから、プラトスをやっつけて、この領土から追い出します――!」




