第2話 聖なる紋章を受け継ぎし解呪
「……うぅ…………っ」
アルトは唸り声を上げながら、目を覚ました。
「……ここはどこ?僕はいったい……」
アルトは天蓋つきのベッドの中にいた。部屋はとても広く、人一人には過分な広さである。
(……お金持ちの家かな。ベッドも家具もすごく豪華で……、まるでお姫様の部屋みたい)
ガチャリ――。扉が開く。
「あら、目が覚めたようね、アルトくん」
「あ、あなたは……あの時の天使?」
そこには、アルトを抱き締めたあのブロンドの美女が立っていた。
貴族らしい純白のドレスに身を包み、カールした黄金色の髪をふんわりを腰の辺りまで伸ばしている。年齢は20代前半くらいだろか。
そして彼女は、アルトに天使だと思わせたほどの、優しい微笑をたたえていた。
「天使?まったく、まだ寝ぼけてるのかしら?ふふ……」
女性は苦笑して、お盆を机の上に置く。
「あ、あなたは……?それに、ここはいったい……?」
「私の名前はセレン。あなたを保護したこの地の貴族よ」
「保護?」
「そう。君のような特別な力を持っている子を保護するのが私の役目。君、随分とひどい目に遭ってたみたいだけど、どうしたの?」
あの嫌な思い出がよみがえる。解呪師アルトはクビにされたのだ。
「僕……追放されたんです。解呪のスキルしか使えない無能は消えろって、それで見捨てられて……」
「はぁ……。馬鹿なお仲間だこと。こんなすごいスキルなんてめったにないっていうのに」
「そ、そんなことないですよ!解呪のスキルはごく一般ですし、確かに習得してる人は少ないですけど……でもありふれた能力です!」
マイナーではあるが特別凄いというわけでもない。それが解呪のスキルの社会一般的な評価である。
だが、セレンはアルトの言葉に少し驚いたようだった。
「君、自分にどれだけ凄い才能があるのかわかってないの?」
「え?」
「あなたのスキルはただの解呪じゃない。竜貴族の呪いを無効化できる、【聖なる紋章を受け継ぎし解呪】なのよ」
「せ、聖なる紋章……?」
突如、セレンはベッドに乗り込んできた。
少年と貴族の女は、お互いの息がかかりそうなほど接近する。
アルトの眼前では、ドレスの隙間からこぼれそうになっている、セレンの豊満な胸が谷間を覗かせていた。
「いや、あの……」
少年はひどく狼狽した。まだ女を知らぬ童貞にはあまりにも官能的な光景だった。
「紋章の印は……ここにあるわ」
セレンはアルトの服を脱がせ始めた。まったく躊躇せず、強引に――。
「あ、あの……急になにを……!?ひゃ……!くすぐったい……!やめてください……!」
しかし、アルトの制止も虚しく、セレンは彼を素っ裸にひん剥いてしまった。
「……ほら、見て?」
アルトの下腹部、おへその下あたりのところに、複雑な幾何学図形の模様が浮き出ていた。
「こ、これは生まれつきそこにあって……僕の親もありましたよ。位置はここじゃないですけど……」
「あら、そうなの?じゃあ、聖なる紋章は遺伝するということね……」
セレンは興味深そうにアルトの紋章を撫でた。こそばゆい感覚が少年を襲う。
(っていうか、早く服を着させてよ……!セレンさんにずっと裸を見られてて恥ずかしい……!)
上も下も脱いでるので少年の恥部は丸見えである。
しかし、セレンは特に気にせず、じっくりねっとりとアルトの紋章を観察している。
とんとん――。ノックの音。
小さく開いたドアの隙間から、メイド服の女性が片目でこちらを覗いていた。
「あ、あの……アルト様に新しいお召し物を……って、セレン様!?なにをしているんですか!?相手はまだ小さな男の子ですよ!」
メイド服を着た女性が、素っ頓狂な声をあげて部屋に飛び込んできた。
「あら、エリア。人聞きの悪いこと言わないで。これはね、ただの観察よ。断じて性的な意味で襲っていたわけではないわ」
「あわわ……!?せ、性的な意味で……!?」
メイドはその場にへなへなと座り込んだ。顔はトマトのように真っ赤である。
「……エリア。恥ずかしがってないで、早くアルトくんに服を渡してあげなさい」
「こ、こ、これは、その、ししし失礼、しましたっ!」
どもりながらエリアは服を渡す。彼女は目を手で覆い、アルトの裸を見ないようにしていた。
「あ、ありがとうございます……。えっと、エリアさんでしたっけ?」
「は、はいっ! さっそく私の名前を憶えて頂いて恐縮です!よろしくお願いいたします、アルト様!」
エリアは顔を真っ赤にしたまま、勢いよく頭を下げた。スカートがふわりと揺れる。
「ア、アルト様なんて……僕、ただの無能ですから、呼び捨てでいいですよ」
アルトは新しい服に袖を通し、ようやく恥ずかしい状況から解放された。
「い、いえっ、セレン様が保護したお客様を呼び捨てになんて……! それに、その……さっきチラッと見えてしまった、あのお体の紋章……あんな神々しいものを宿されている方を、呼び捨てにしたらバチが当たります!」
「なーんだ、ちゃんと見てるんじゃない。アルトくんのは・だ・か……」
「ごごごごめんなさいっ!!そ、その、服を渡す時に偶然目に入ってしまったというか、その……、決して下心があったわけではなく、ただの事故というか、なんというか……!!」
エリアはぶんっと音が鳴るほどの勢いでお辞儀し、言い訳を鼻息荒く熱弁すると、セレンの方をキッと睨んだ。
「それよりセレン様!業務を放り出してなにをしてるんですか!?お客様がお待ちですよ! 早く応接間に行ってください!」
「はいはい。まったく、うちのメイドはせっかちでいけないわ。それじゃあね、アルトくん。また後で呼ぶから、食堂に行って他の子たちに挨拶を済ませてくれるかしら?きっとみんな歓迎してくれるわよ?」
セレンは含みのある笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
「他の子たちって……?」
「えっと……この屋敷にはセレン様のご友人が寝泊まりしてるんです。食堂までご案内しますね。あの……立てますか?」
エリアの手を取り、アルトはベッドから降りた。
改めてエリアを観察する。彼女は空色の髪を三つ編みに縛り、背中に流していた。
彼女の周りにはおしとやかな雰囲気が満ちており、その歩き方一つ取ってみても、丁寧且つ上品であった。きっと育ちが良いのであろう。
(年齢は……。僕よりは年上だけど、セレンさんよりは年下だな)
見た感じ、3つか4つくらいの差であろうとアルトは推測した。
そして、少年として、いや、男として、セレンよりは小さいながらも、なかなか豊かな乳房を見逃すわけにはいかなかった。
(……って、僕はどこを見てるんだ!ばかばか!)
自らを戒め、長い廊下を歩くアルト。食堂は廊下の突き当りにあった――。




