第15話 リーゼの信仰
「……全知全能なる光の神よ。どうかこの憐れな子羊に、永劫の加護を……」
屋敷の北棟にある礼拝堂。高い天井にリーゼロッテの澄んだ声が反響していた。
アルトが扉の隙間から中を覗くと、そこには白銀の法衣を纏い、一心に祈りを捧げる彼女の姿があった。
彼女の周りだけ空気が張り詰めているような、神聖な美しさが顕現しており、”聖性”というものを強く感じさせる。
だが、アルトの鋭い感覚は捉えていた。彼女の背中から漏れ出る、薄黒い澱のような魔力の揺らぎを。
「リーゼロッテさん、まだ呪いが残っているんじゃ……」
アルトが声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。その頬は異常なほど赤く染まり、慈愛に満ちた瞳は、どこか熱に浮かされたようにトロンと濁っていて――。
「アルト……様……!」
リーゼロッテは歓喜の声をあげて、少年に抱き着いた。豊満な肉体を持つ麗人たちが住まう屋敷において、最も肥大な乳房を持つリーゼロッテは、少年をその桁外れの丸みで包み込んだ。
バニラのような甘い香りに包まれ、自然と体が弛緩する。少年は聖女の雪細工のように純白で穢れなき胸元で、安堵のため息をもらした。それはあたかも、母に抱かれた赤子がやすらうがごとく――。
「あぁ……アルト様。わたくしの苦しみに気づいてくださるなんて、やはり貴方はわたくしの運命の方……」
リーゼロッテは恍惚とした表情で、アルトをさらに深く、その聖域とも呼べる抱擁の奥へと引き込む。
聖職者の法衣越しであっても、彼女の体温が異常に高いことが伝わってくる。
「先の戦いで、わたくしは竜貴族と対峙しました。その時流れ込んだあの者の瘴気が、わたくしの聖性を犯し、呪いと同程度の苦しみの与えるのです。わたくしが祈りを捧げれば捧げるほど、聖なる力と呪いがぶつかり合い、体が……体がはち切れてしまいそうですわ……っ」
聖女は清らかである故に、人一倍呪いに汚されやすいのだ。たとえ、直接呪いを受けていないとしても――。
「アルト様……」
リーゼロッテの吐息がアルトの耳元で熱く震える。
彼女は少年の手を取り、法衣をかろうじて結ぶ、一つの結び目に導く。
「アルト様……お願いです。この神聖なる場所で、わたくしのすべてを再び浄化してくださいませ。他の誰にも見せられない、わたくしの醜い部分を……貴方のその清らかな指先で、解きほぐしてほしいのです……」
一見、慈愛に満ちた聖女の願いである。
しかし、その瞳の奥には、ルネの知的好奇心とも、ガルザの戦士としての屈服とも違う、信仰に似た強烈な崇拝心が光っていた。
彼女は信者なのだ。アルトという、解呪のスキルを持つ絶対的存在に服従する、一塊の隷母――。彼女は己をそうみなしていた。
「アルト様、こちらへ……」
彼女はアルトを祭壇の裏にある、厚いカーテンで仕切られた告解室へと促す。
「ここなら……神様以外、誰も見ておりませんわ。さあ、アルト様。わたくしを……救ってくださいませ……?」
告解室の狭く暗い空間。厚いカーテンが外界を遮断し、二人の距離をゼロにする。
リーゼロッテが法衣の結び目を解くと、そこには驚くほど白く、そして痛々しいほどに赤く火照った彼女の肌が露わになった。
「ご覧になって……。わたくしの内側で、邪悪な瘴気が、こんなにも……暴れておりますの……」
彼女の胸元、心臓の鼓動がダイレクトに伝わる場所に、アルトは指を添えました。
その瞬間、アルトの脳裏に流れ込んできたのは、竜貴族の怨念よりも凄まじい、リーゼロッテ自身の膨大な魔力とアルトへの渇望が混ざり合った、熱を帯びた濁流だった。
(これ、呪いだけじゃない……。リーゼロッテさんの想いが、魔力を暴走させてるんだ……!)
「あ、ああああぁっ……!!」
アルトが解呪の術式を刻み始めた刹那、リーゼロッテは壁に背中を預け、天を仰いで絶叫した。
聖女としての理性が、アルトの白銀の光によって一気に剥ぎ取られていく。
「神様……お許し、ください……っ! 救世主アルト様の光が……わたくしを、わたくしの奥深くを、壊して……満たして、ゆきます……! はぁ、んんっ、あぁああぁっ!!」
普段の淑やかな彼女からは想像もできない、獣のような、あるいは悦びに打ち震える幼子のような声。
彼女の巨大な双丘が激しく上下し、法衣がはだけ、聖なる場所にあるまじき淫靡な情景が作り出される。
「……アルト、様……。もっと……もっと深く……。わたくしの罪を、貴方の指先で、焼き潰してくださいませ……っ! 貴方の光に、犯されて、わたくし……もう、元には戻れませんわ……!」
光が収まった時、リーゼロッテは力なくアルトに凭れかかり、その潤んだ瞳で少年をじっと見つめた。
その表情は、罪を洗い流された清々しさではなく、救世主に魂を奪われた一人の女の、蕩けきった恍惚そのものだった――。




