第16話 謁見の時
そのころ、帝都グランサルでは、皇妃エレナージュと竜貴族筆頭格であるハイデノンとの首脳会談が行われようとしていた。
(しかし、これが竜貴族とは……。初めて見たが、見た目以外はほぼ人間と同じ。わらわと同じように言葉をしゃべり、感情を持ち、そして欲がある……。古の竜とは比べ物にならないほどの進化であるな)
妙齢な皇妃は賢慮を秘めた瞳で、目の前の人間ならざる者を、若干の恐れと好奇心を持って観察していた。
「……ふむ。俺の姿が、それほどまでに珍しいか。帝国の女主人よ」
ハイデノンが、薄い唇を吊り上げて静かに笑う。その声は、重厚なチェロの低音のように響き、謁見の間の冷え切った空気をさらに凍りつかせた。
彼の外見は、一般的な竜貴族そのものである。剥げのある武具で武装し、青白い鱗を全身に張り巡らせている。
そして、その背後に揺らめく影は、巨大な翼を持つ異形の怪物の輪郭を形作っている。しかし、彼には片翼がなかった。
エレナージュは、自らの内に湧き上がる本能的な恐怖を、優雅に扇を広げることで隠し通した。
「……気を悪くしたなら詫びよう。人はお主のようなものを見ることに慣れてはおらぬ。それは、”帝国の花冠”であるわらわであっても変わらない」
「……ふん。そんなことは俺のあずかり知らぬ話だ」
ハイデノンはふてぶてしい態度で吐き捨て、その鋭い黄金の瞳でエレナージュを射抜いた。
「プラトスが、死んだ。……それも、人間の子供が放った光に撃たれてな」
ハイデノンが指先を弾くと、虚空に魔力の結晶が浮かび上がり、アルトが解呪の力を振るう瞬間の残像が映し出された。
その輝きを見た瞬間、エレナージュの扇を持つ手が、わずかに、だが確実に震えた。
「こんな小さな子どもが……竜貴族を倒したと言うのか?い、一体誰なのだ、この者は!?」
「貴様が知らずしてこの俺が知るはずもない。聞きたいのは俺の方だ……!」
ハイデノンの声に、初めて剥き出しの殺意が混じる。
「俺がここに来たのは、このふざけたガキをさっさと俺の眼前に連れてこいと言うためなのだ!竜貴族の誇りに賭けても、プラトスの仇を取らねばならん!!」
ハイデノンが吼えた。同時に、広間の窓ガラスが悲鳴を上げ、数枚が粉々に砕け散った。
「つ、連れてこいだと? その少年の身元も割れぬまま、わらわにどうしろと言うのだ」
エレナージュは努めて冷静を装い、震える手を膝の上で固く握りしめた。
彼は黄金の瞳を細め、顔をエレナージュの至近距離まで寄せた。死を予感させる冷気が、彼女の肌を刺す。
「……一月だ。一月の間に、そのガキを俺に差し出せ。さもなくば、この帝都グランサルを、俺の同胞たちの餌場として開放することになるだろう」
「っ……それは、脅迫か」
「いいや、これは契約だ。帝国の安寧を望むなら、相応の対価を払えと言っているのだ。……理解したか、花冠の主よ」
ハイデノンは、嘲笑を残して背を向けた。 残像を映し出していた結晶が砕け散り、部屋には再び重苦しい静寂が戻る。
一人残されたエレナージュは、膝の上で白くなるほど拳を握りしめていた。その瞳には、恐怖を上回るほどの決意が宿り始めている。
(……アルト。あの少年の名は、アルトと言ったか。もしあの輝きが、かつて竜貴族の呪いから世界を救ったという伝説の再来ならば……。彼をこの怪物の手に渡すわけにはいかぬ。たとえ、帝国が灰燼に帰そうとも)
彼女は震える声で、壁の影に控える密偵に命じた。
「……追え。何としても、ハイデノンより先に、あの少年を保護するのだ。急げ!行先はフェフシュタイン領だ!」
「……はっ!!」




