第11話 因果応報
「……終わったんだ」
アルトは、自分の震える右手をじっと見つめた。
あの絶望的な状況で、自分の意志とは無関係に動いた指先。刻まれた未知の神秘言語。それらがもたらした圧倒的な奇跡の余韻が、まだ全身に熱く残っている。
「アルトくん!!やったわね!」
沈黙を破ったのは、叫び声と共に飛び込んできたセレンだった。
彼女は貴族としての振る舞いを忘れ、泥だらけの地面を駆け抜け、アルトをその柔らかな胸の中へ力一杯に抱きしめた。
「さすが私が見込んだ男よ……!立派だったわ……!」
「セ、セレンさん……苦しいです……」
彼女の流れるようなブロンドの髪が、アルトの頬をくすぐる。
セレンの体温と、激しく刻まれる彼女の鼓動が伝わってきて、アルトはようやく自分が生きていることを実感した。
「……信じられない。あの弾丸のベクトルそのものを書き換えるなんて……」
ルネがふらふらとした足取りで歩み寄り、アルトの頬を熱っぽく撫でる。
「ねぇアルト。今の術式、後で詳しく教えて……? その代わりに私のすべてをあげちゃってもいいから、アルトの秘密を知りたいの……」
「へっ、抜け駆けしてんじゃねぇよ! アルト、よくやったぜ!」
ガルザが豪快に笑いながら、アルトの頭をくしゃくしゃにかき回す。
「まさか鰐野郎の心臓を、あいつ自身の弾丸でぶち抜くとはな! あたしらのヒーロー様はなかなかオツなことをしてくれるじゃねぇか!」
「……本当に、神聖な光でしたわ」
リーゼロッテは祈るように手を組み、うっとりとアルトを見つめている。
「アルト様。あなたはもはや、ただの解呪師ではありません。この地を、そしてわたくしたちの運命を救い、正しき世界へと導く……真の主ですわ」
そんな歓喜に沸くアルトたちの背後で、ガチガチと歯を打ち震わせている者たちがいた。
「……あ、あ、ああ……」
ロイは、自分の目の前で起きた光景が信じられず、ただ呆然と口を開けていた。
役立たずと罵倒し、泥水を浴びせて追い出した少年。その少年が、今や指折りの実力者たちに囲まれ、英雄として崇められている。
「アルトぉ……! お、俺たちのこと、まだ忘れてないよなぁ……!?」
ロイが這いつくばったまま、アルトの足元に縋り付こうと手を伸ばした。
「お、俺たちが悪かった! お前がいないと俺たちダメなんだよ! ほら、この通りだ! またパーティに戻ってきてくれ! お前がいれば、俺たちはもっと強くなれるんだ!」
「そうよ、アルト!」
魔法使いのカリスも、必死に媚びを売るような笑みを浮かべる。
「私、本当はあなたのこと、ずっと一目置いてたの! ほら、あの時はロイに合わせなきゃいけなくて……。ねぇ、私と二人で新しくやり直さない?」
哀れな、あまりにも哀れな懇願であった。
(ロイ……、カリス……、ゴードン……)
心優しきアルトは、自身を邪険に扱った卑怯者どもであっても、同情の念を感じていた。彼らも竜貴族によって虐げられた被害者であり、救うべきではないか――?
アルトがロイの手を取ろうとしたその瞬間、アルトの肩に柔らかな、けれども絶対的な拒絶を秘めたリーゼロッテの手が置かれた。
「……アルト様を傷つけた人間は万死に値しますわ(ニコッ)」
「ひぃ……!」
聖女はアルトと初対面の時に見せた、あの冷徹な微笑を見せていた。
彼女の瞳はアルトへの慈愛とは対照的に、ロイたちを道端の石ころを見るような冷淡な眼差しで射抜いている。
「この者たちはわたくしが手を下すのも汚らわしい存在……。このまま領地から追放して、竜の呪いでじわじわと死んでもらうというのはどうでしょうか?」
「そ、そんな……!アルトぉ、助けてくれよ!俺たち仲間だろ!?」
ロイが必死に叫ぶ。だが、その言葉に反応したのはガルザだった。
彼女はロイの前に立つと、その大きな足でロイの腕を力強く踏みつけた。
「ぐわぁあっ!?」
「仲間だぁ? 泥水を浴びせて、あっさり見捨てた屑どもが、仲間だなんて口にする権利なんてねぇんだよ。あたしの一族の教えじゃなぁ、仲間を見捨てる奴は敵よりも邪悪なんだよ……!」
ガルザの殺気に、ロイは失禁せんばかりに震え上がった。
「アルトくん……」
ルネがアルトのもう片方の腕をぎゅっと抱きしめ、自分の柔らかな胸に埋めさせる。
「こいつらは……アルトの力だけが欲しいだけ。アルトの心なんて、少しも見てない……。そんなの、私が許さない……。アルトの魔力も、体も、全部私たちのものなんだから……」
「えっ、ルネさん……!?」
アルトが赤面して固まる中、セレンが歩み出る。
「聖女リーゼロッテの提案は、この地の主である私にとってもなかなか魅力的な提案に聞こえるわね。いいわ、そうしましょう。この者たちは永遠にフェフシュタイン領から追放!まだ息があるうちは、二度とこの地を踏むことを許さない!これは領主命令よ!エリア、すぐこの醜い者どもを追放しなさい!」
「ひ……ひぃ~~~!!」
主の命を受けて、エリアはなるべく手短に、そして速やかに勇者ロイたちを屋敷から連れ出し、領土から追放した。
「……は、はは……。みんな凄いな……」
アルトは満場一致の追放裁判に、ただ苦笑いを浮かべているだけだった――。




