第51話 托卵
「夢のお告げか」
俺は朝食の前にゼロスと話をしている。シコレは未だに爆睡中だ。
案の定ゼロスは渋い顔をしているが、実際その確証が行われている。
チルドレンの親はチルドレンジョブを使用可能。それもチルドレンの生存が条件だ。別に使わなくても俺の息子であるアレシスが生きていることを確認できる。それだけでも有用だ。
それが実装された。夢のお告げ通りにだ。これで信憑性は上がるが、ゼロスの渋い顔はそこにはない様だ。
「ゼロスも盟主にいい思い出が無いのか?」
「・・・」
俺の言葉にゼロスが反応しない。
これは相当根深い奴だな。そしてゼロスは盟主を知っている。これも夢の確証になるな。
だが、これは、相当にこじれそうだな。ゼロスが無言になる時は、大荒れだ。暴れるという意味ではなく、ゼロスの奥底の拒否が働いている証拠だ。俺との結婚の時も相当に荒れた。
これは簡単に「盟主になって♡」と言っていい雰囲気じゃねぇな。
たっぷり5分以上は黙りこくったゼロスがようやく口を開く。
「つまりこれは俺が盟主になるまで延々と地獄の追加フルコースってわけか」
「そういう話って事だろうな。ゴブデロとシコレ・ギースが最後の切り札で、それを潜り抜けた俺達に更なる試練が課されていくってわけだ。
・・・そんなに忌まわしい力なのか?」
俺は敢えて盟主という単語を避ける。この状態のゼロスはかなり危険だ。安全装置が外されハンマーが起きた状態だ。トリガーもゆるゆるで風が吹けば暴発する状態だ。
「いや、盟主はそんな力じゃない。簡単に言えばギルド施設を自分用にどこでも設置可能って代物だ。それ自体は何も問題はねぇぜ。ただ便利なだけだ」
いつもなら「だったらいいじゃねぇか」と続ける所だが、俺は黙る。ゼロスの視線がこちらにない。これは沈黙状態だ。ゼロスの思考が堂々巡りを繰り返している。これは待つ以外にない。案の定こちらが返答しなくてもゼロスの動きは止まったままだ。
これは相当に厄介だな。盟主自体に問題があれば説得も出来たが、これは単なるトラウマだ。そう、ただのトラウマだ。これほど厄介なことはない。これを解決できる手掛かりがないのと同じだ。変に急かして責任感で盟主に仕立て上げれば、ゼロスがどうなるか想像が出来ない。
たっぷり5分以上、さっきよりも長い時間が過ぎ、ゼロスは口を開く。
「今は保留だ。夢のお告げじゃな。変に口車に乗るのも癪だぜ」
口調は軽いがその顔色でわかる。相当に無理をしているな。それでも自分で拒否できるだけ前回よりもマシだ。変に受け入れれば、ゼロス自身が傷つくことになる。これは俺でなくてもわかるだろうな。
「わかったぜ。これは忘れてくれ。なんせただの夢だしな」
俺も軽く返すとゼロスの態度が軟化する。明かに息を吐き、安堵している。
これはゼロスにだけ先に話したのは正解だったな。
ーーー
「譲ってやるのデス! 乳兄弟!」
そう捨て台詞を吐いてシコレは去っていく。
そこに残されたのは俺と息子のアレシスだ。
一時的に帰郷して俺に会いに来た。そこでシコレと俺の取り合いになったが、言葉通りシコレが譲ってくれた形だ。
俺達は072の公園のベンチに座る。
「あれは妹なのか? おふくろ」
「いや、乳兄弟だぜ。俺の腹から生まれた子じゃない。預かりだな。妹が欲しかったか?」
「いや、なんつーかな。俺以外にも居たのかって思ってな」
久しぶりにしても歯切れが悪いな。俺に悩みなんて、アリアと子でも出来たのか?
「なんだよ。孫でも預けに来たのか? いまはシコレ一人だ。いくらでもとは言えねぇが一人二人なら預かれるぜ?」
「んな訳ねぇだろ! アリアとは、その、まだ、清い関係なんだよ!」
「おいアレシス。お前まさか不能じゃないだろうな。なんなら俺の神速のシコル・ギウスを使ってもいいんだぜ?」
「っザッケンナ! そんなの逆にトラウマじゃねぇか! 母ちゃんに抜かれるとか一生かけても恨み切れねぇぞ!」
「だったらなんだよ。男が母親に打ち明ける悩みなんて他に心当たりがねぇぞ。流石に不倫だったら殴るけどな」
「・・・ちげーよ。もっと、こう、ちげーよ」
この辺はゼロス譲りだな。答えをポンポン聞き出すよりも、待った方が得策か。
俺が少し待つと、アレシスは俺に向き直った。固く拳が握られている。
「母ちゃん。俺は、さ。俺は母ちゃんの子じゃないんだ」
「お前、俺の腹から生まれて乳まで吸っておいてその言いざまはなんだ。チルドレンは成長が速いと言っても生まれてくるときは赤ん坊だぞ。俺がTSじゃなかったらこの場で撃ち殺しているぞアレシス」
「・・・違うんだ。俺は、転生者だ。ずっと俺は騙していたんだ。俺は、あんたを母親と呼ぶ資格すらない托卵の子なんだ」
・・・いやまて。怒る以前に意味が分からねぇ。托卵は本来、俺が不貞をしているという意味だろうが、どうも文脈が違う。そもそも使徒が托卵なんぞ出来ねぇぞ。何を勘違いしているんだコイツは。
アレシスの言葉は続く。
「ショックだよな。俺が異世界転生者で、あんたの息子じゃないなんて。ただ、これは言っておきたかったんだ。俺はこれを黙ったまま、旅を続けられない。それで、打ち明けに来たんだ」
・・・托卵ってのはアレシスが異世界転生者という意味か。コイツ、俺がTSじゃない普通の母親なら泣き叫んでたぞ。托卵の意味ぐらいは知ってから使え。
「・・・いつからなんだ? 旅に出てから憑依転生か?」
ここまで深刻という事は、俺と居たアレシスとは別人、という事だろうな。今の所見分けはつかない。俺の知っているアレシスのままだ。
「生まれた時からだ。俺には、前世の意識があって、そのままずっと騙していた。あんたの息子の振りをしながらな」
・・・いやそれは、
「アホかお前は。そんなことを俺が気付かないとでも思ったか。チルドレンがいくら成長が早いにしても知識の吸収スピードが異常すぎた。流石に言語の概念が生まれた時からあるのは分かったぜ。何より俺が異世界転生者だ。何のための異世界知識教育だと思ってる。お前がボロを出さないようにだアレシス。Sを重ねたSSSランクは異世界前世知識なしじゃ出てこねぇぞ」
「・・・教わってなかったっけか?」
「Sの上がSSSランクなんて教えてねぇぞ。バレない様にするならキチンと俺の知識教育を聞いておけ。いい加減に聞いてるからそうなるんだぜ」
アレシスはポカンとしてる。仕方なく俺が口を開く。
「んでお前は俺の股から生まれて乳を吸っていたアレシスで良いんだな?」
「ああ。生まれてくるあんたの子供の代わりにな」
「取り敢えずそのあんたを止めろバカ息子。こっちはてっきり憑依転生かとビビッてのによ」
「あ、う、ああ、それはなんなんだ? ・・・母ちゃん」
「そのままだろ。物心ついてからの乗っ取りだ。チルドレンとして活躍して可愛い彼女アリアのいるお前に成り代わろうって奴だ」
「なんだそりゃ!? ガチのクズじゃねぇか!」
「それに比べりゃなんだ。遠慮して俺の乳を吸わずに死んでた方が良かったのか? お前は俺の息子だアレシス。その体は俺達夫婦が作ったんだ。魂が何だ。俺を食って生きて来たんだ。俺の息子であって何が悪い。お前もゼロス同様おかしな所で悩む奴だな」
アレシスはしばらく無言で項垂れると、吹っ切れたように顔を上げた。
「俺は、憑依転生じゃないのか?」
「そうだ。せめて子供時の記憶を無くしてからそう名乗れ。忘れたのか?」
「覚えている。あの家での生活も、父ちゃんと母ちゃんとアレスの事も」
「だったらいい。お前、俺がTSじゃない普通の母親だったら泣いてるぞ。ほれ、贖罪だ贖罪」
俺は両手を広げて胸を突きだす。
「いや、なんでだよ!?」
「母の胸に縋りついて許しを請え! 許してやるぞ!」
アレシスは俺の胸の前で迷い、結局挫折して俺の膝に縋りついた。ただの膝枕だが。こちらを向かないアレシスの髪を撫でていく。
「旅は楽しいかアレシス」
「ああ。ここでは知らなかった事、色んなことがあったぜ。この072がどれだけ恵まれていたかって事もな。俺はクソガキだったぜ」
「それで贖罪か。お前、ゼロスにこれ言ってないだろうな。親の目の前で俺はあんたの息子じゃない、はクソガキを超えてるぜ。あのゼロスだってガチギレしてハチの巣にしてくるぜ」
「う、すまなかった母ちゃん」
「お前はまだまだクソガキだ。それがわかってよかったじゃねぇか。伸びしろだけは立派だな」
アレシスが何か反論を考えている間に迎えが来た。
「あんたたち、それ何してるの?」
黒髪ツインテールのツンデレサイボーグヒロイン。アリアの登場だ。
それでバッと飛び上がるアレシス。これでも彼女の前ではカッコつけたいお年頃か。
「んでそれは何? 托卵だから恋人になるって話?」
托卵の元はコイツか。魂は異世界転生者でも体は親子だろうに。
アレシスが口を開く前に俺が説明する。
「アリア。俺はTSだから言わせてもらうけどな。母親はない。男の子ってのは理想の恋人でも、母親と同じ名前ってだけで萎える生き物なんだ」
ああそれそれとアレシスも頷く。
それをみて呆れる様なアリアの声が響く。
「あっきれた。全部杞憂じゃない。シコルだったらこうなるのは見えてたけどね」
アレシスが何か言いたげだが、居心地悪そうにしている。恋人と母親に挟まれていればそうもなるか。
「ほれ、アレシス、こうなったら見せつけてやれ。贖罪だ贖罪」
俺は両手を開いてアレシスを呼び込む。今は立った状態だ。次は膝には逃げられないぜ。
だが予想に反して俺は抱きしめられてしまった。
俺を抱きしめ、震えるアレシスの体。
それはもう、子供の匂いじゃない。
「母ちゃん、ありがとう・・・!」
アレシスはアリアから見えない様に俺の耳元で囁く。俺はそれに応えるようにアレシスの背中を撫でる。随分と大きくなってしまった背中だ。それでもまだ、震えている。
しばらくそれを続けた後、アレシスは涙を拭き、アリアの方へ向き直る。
そしてアリアの隣に立ち、こちらを振り返った。
その顔は自信に満ち、旅を続ける男の顔だ。
ーーー
俺はポスっと後ろに立った人影に背を預ける。
「アレシス、成長しちまったな」
「いい男に育ったみたいだな。ホレちまったか?」
ああ、と一言返すと、俺はその胸に飛び込む。溢れる涙が止まらない。
ただ、体を震わせ、涙を流す。それが収まりかけて、ようやく俺は言葉を発することが出来た。
「ゼロス。俺に出会ってくれてありがとう。俺を、愛してくれてありがとう。俺は今、最高に幸せだ」
その時の俺はどんな顔をしていたんだろう。スッと降りて来たゼロスの唇が言葉を紡いだ俺の口に重なる。それだけで、俺の震えと涙が収まってきた。
「シコル。俺はお前のいい旦那でいられているか?」
「ああ。理想の俺のダンナ様だぜ♡ ありがとうなゼロス」
「こうしているとあの時を思い出すな。・・・お前が棺に入った時だ」
「嫌な事、思い出させるなよ! ギャアアアア!!!」
俺がゼロスの言葉に反論しようと顔を上げた時だ。俺の視界にシコレ・ギルスの姿が浮かぶ。あの時と全く同じ状況に俺は絶叫してしまう。
「なんなんデスますか!? わたくし様をみて絶叫するとはどういうことデスますか!?」
影から見ていたシコレがプリプリと怒りながらやってくるのを見て、ゼロスが声を上げて笑った。確かにこれは棺の時の再現だ。
俺は周り見回し、ヘカトンセンサーを稼働するが何も見つからない。
流石に二度目はないか。
俺とゼロスはシコレの両手を掴んで歩き出す。
そう、こんな何でもない日常の為に、俺達は生きているんだった。




