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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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虚無

――一週間後 ルストリア国立研究所


 俺はルストリア国立研究所に来ていた。


 幼い頃から定期的に検診に来ているが、大陸大戦の後からはその頻度が上がった。なにやら、俺には他の人とは違う魔法が宿っている可能性があるらしい。俺自身も、大戦時のラミッツの記憶が確かなら、奇妙な魔法が宿っているには違いないと思う。


「はいー。今日はこんなもんでいいですよー。どうやら、魔法が開花しそうになっているみたいですねー。この前の熱もその予兆でしょう」

「開花、ですか?」


 ルストリア国立研究所所長である、フィロンさんが俺の体に着けた器具を外しながら言った。俺は既に初級の魔法の学習を始めているため、その結果は素直に嬉しかった。もしも、俺が魔法をコントロール出来ていたのなら、リンデルでの事件ももう少し小さく収めることが出来たのかもしれない。


「そうですよー、生まれつき特異魔法を持っている子は普通魔法適正が高いはずなんですがー、君の場合はどういうわけか、特異魔法が君の中の魔法成長を阻害している感じなんですねー。不思議ですねー。面白いー」

「特異、魔法ですか」

「あー、そうですねー。こういう名称で呼ぶのは初めてだったかもですねー。君の中にあるその素養は特異魔法と呼ばれるものですー」


 全ての器具を外し終わると、フィロンさんは薄手の革の手袋を外して、俺の頭に触れた。


「ここの中に入っているものが脳ってことは知ってますよねー。その脳の形で、なんとなーく特異魔法を使える子なのかどうかがわかってきているー、っていうのが最新の研究で出てましてねー。君の場合はビンゴ、その脳の形の典型っぽい感じなんですよねー」

「うう、自分の頭の中のことなので、ちょっと気持ち悪いです」

「そうですかー? 牛さんも猫さんも、人間も、中身はそんなに変わらないものですよー。みんな脳が入ってますしー」

「うーん。別にだから気持ち悪くない、とはならないです。ちなみに俺の脳の形ってどう変なんですか?」

「どうと言われても難しいですが、簡単に言えば、通常の脳の形とは明らかに異なる形、というものを全て特異適性ありー、という曖昧なところなので、特段これ、という感じでは表現しずらいですねー。あー、そうだ」


 フィロンさんが何かを思い立ち、机にあった貴重な紙にペンで何かを書き始めた。俺が話しかけても無視するほど集中していたので、俺は脱いでいた洋服を着て、フィロンさんの動きが止まるのを待った。

 もう少し時間かかるなら、外にいるランツ先生に一言声をかけようかな、と思ったその時、フィロンさんは書き上げた紙をこちらに見せてきた。


「できましたー!」


 俺はその紙をまじまじと見つめる。


……。


……?


 紙に書いてあったのは、歪な円の中に大きさの異なる黒い球が四つ、三日月のような図が一つ。その円の上に、みみずがのたうち回ったようなぐちゃぐちゃの絵。


 いったい、何の暗号なんだろう。


「我ながら、よく書けましたー」


「あの、え? これ?」

「そうですよー、ミハイルくんとその脳みそを図解してみましたー」


 ミミミミミ、ミハイルくん? これ、俺? 脳みそ取り出されてめっちゃ笑ってるじゃん! 怖っ。


「どうかなー、かなりわかりやすく書けたと思うんだけどー」

「は、はい! よくわかりました!」

「そっかー、よかったねー」

「じゃ、じゃあ、今日はもうこれで終わりですよね? 帰りますね!」

「うんー、じゃ、また来月ねー」


 ふー、危ない危ない。下手したら、今俺の頭から脳を取り出して見せてくるんじゃないか、と思うくらいには恐怖感のある絵だった。目に毒だ。早く帰ろう。


「今日は、遅かったですね」

「はい、どうやら俺の魔法が開花しようとしているらしく……」

「開花! いったいどのような魔法だったんですか?」

「ああ、それはまだわからないんですけど、特異魔法の類だと」

「特異魔法ですか……」


 ランツ先生の表情が露骨に曇る。確か、ランツ先生は俺が幼い頃に発現したかもしれない魔法のせいで味覚を失ったんじゃないかと推測していたこともあった。特異魔法と五感の失調には何かつながりみたいなものがあるのかもしれない。


「っ!」


 研究所の出口の前に人が立っている。そして、その手には杖が握られている。一瞬、ここの研究員か、と思ったが、どうやらそうではない。ズボンにおびただしい量の血がかかっている。


「ミハイル、私の後ろに」


 ランツ先生は、俺を後ろ手で押さえつけた。俺には何が起きているのかは正確に判断できないが、明らかに不審者である男は、確かにこう言った。


「俺は、マグナの意思を継ぐものだ。この研究所をいただく」


 ここからでは逆光でいまいちよく見えないが、男の後ろでは門番が倒れているようだった。倒れた門番はピクリとも動かない。


「空間断裂の盾 ゼフロスの西風からその身を守れ テイコス・フィラカ」


 ランツ先生がそうつぶやくと、先生と俺の周りを淡く光る球体が囲んだ。それを見た向かいの男はこちらに杖をかざし叫んだ。


「ジグルス!」


 杖からは黒い光のようなものが放たれて、ランツ先生はその光に照らされる。すると、周りの球体は、ばらばらになり球体の破片が宙に固定された。


「ばかな、そんな魔法がっ! しかし、それならば再びっ!」

「遅いっ!」


 ランツ先生は魔法を再び唱えようとしたが、その前に向かいの男がこちらに向かって火球を放つ。俺はうろたえてしりもちをつき、ランツ先生はそんな俺に覆いかぶさった。


 もうおしまいだ、と思ったが、その火球が着弾することはなかった。


「確かにー、遅いですねー。あなたの火球はー」


 フィロンさんが火球を片手で受け止めていた。その火球をまるでスイカか何かの様に両手で抑えると、端から火球は削れていき、しまいには無くなってしまった。


「お前がフィロンか……。ちょうどいい、お前に聞きたいことがある」

「はぁー、なんでしょうかー?」

「禁忌魔法についてだ」

「はははー、そんなもの教えるわけないじゃないですかー」

「なんなら俺の集めた研究データをやってもいい。お前も研究好きなら理解できるだろ? 俺はマグナのように魔法を追求し……」

「おやー、どうやらお時間のようですー」


 フィロンさんがそう言った瞬間、不審な男の背後から剣が飛んできて、背中から腹部を貫いた。その剣は黄金にきらきらと輝いており、剣の柄には黄金の鎖がついている。


「な、なんだこ、れっ!」


 と、男が狼狽したのも束の間、その鎖に勢いよく引っ張られ研究所の外へと投げ出された。フィロンさんはゆったりとした歩調で外に出る。


「宝剣デウス・バロール。相変わらず、良い性能してますねー」


 俺は、どうなったのかが気になり、フィロンさんを追い外に顔を出す。すると、先ほどの男は石畳の地面に半分埋まっており悶絶していた。


「今、俺を殺すことは、この大陸にとって大きな損失だぞ! マグナが滅んで、この大陸の魔法学は百年遅れたんだ! お前らは魔法を侮辱している!!」


 一通り叫び終えると、男は完全に地面の中に入っていき、石畳の床は何もなかったかのように元通りになった。


「ルキウス大佐ありがとねー」


 ルキウス大佐、と呼ばれた男は、構わないよというジェスチャーをこちらに向けて、その場を後にした。先ほど剣ごと地面に埋まっていくように見えたが、ルキウス大佐の腰には同じ剣が差してあった。あれも何かの魔法なんだろうか。

 そんなことを考えていたが、まもなく俺はランツ先生に手で目隠しをされた。理由はわかっている。俺の足元に数名の死体が転がっていたからだ。俺は、それに気が付かないふりをして目隠しを受け入れた。


 戦争など大陸内探せば毎日どこかで、誰かが行っている。だから、その死体を見ても平気でいなくちゃいけないんだ、と思った。だが、孤児院に帰ってからもその死体の指についていた結婚指輪を忘れることが出来なかった。


 それから事態が収まるまで、俺は研究所で待機となった。ランツ先生は先ほどの事件の関係者として、事情聴取が行われるらしく、アリーシャ城へと向かっていった。俺はフィロンさんに導かれて、再び研究施設のある部屋に連れてこられると、まもなくホランド院長と、クライヴがやってきた。


「院長! クライヴ! 二人とも大丈夫でしたか?」

「お前は……人の心配をしている場合か。まったく。無事でよかった……」


 と院長は俺を強く抱きしめた。クライヴはその様子を見ないようにそっぽを向いた。


 そのまま、俺は院長とクライヴと共に、孤児院へと帰った。クライヴについて何か聞こうと思ったけど、クライヴの機嫌が明らかに悪く、何も聞かないまま孤児院に着いてしまった。


 その夜、俺は院長の部屋に呼び出された。


「失礼します」

「ああ、入ってくれ」


 院長室の重い扉を開くと、いつも通り大きな机の奥に院長は座っていた。手前にある応接用のソファーにかけるように言われ、浅めに腰をかける。


「そんなに気を張らなくていい。今日は報告のために呼んだ」

「報告、ですか?」


 と、言ってものの、想像はついていた。ティース院長のその後についての話だ。


「ティースについての話だ。少なくともお前は知らなくてはならないだろう」

「……お願いします」

「結論から言えば、ティースはスルトの大監獄に送られることになった」

「……」


 スルトの大監獄と言えば、この大陸内で最も凶悪な犯罪者が投獄されるところだ。つまり、減刑はされなかったということなんだろう。


「おっと、勘違いしているな、その顔は。ティースの減刑は行われたよ」

「では、何故スルト大監獄へ?」

「本人の意思だ」

「本人の意思? どういうことですか?」

「ああ、順を追って説明しよう」


 院長は、ポッドに入った紅茶をカップに注ぎ、俺の前に置いた。その後で、自分のカップをこちらの席に持ってきて、俺の目の前に座った。


「話はある程度パルペンから聞いているな?」

「はい」

「では概ねその通りのことが起きた、と認識してもらえればいい。無事、ティースは『被害者』になり、減刑された。しかし、当の本人は減刑を望まなかった。それは何故かわかるか?」

「……わかりません」

「ティースが使用した魔力増幅装置に欠陥として人格の変容があることは聞いたと思うが、あれは嘘だ」

「……!?」

「嘘、というにはあまりにも曖昧な部分が多いし、可能性を完全に否定することは出来ないが、フィロンにも確認をしたが、魔力増幅装置自体が、人の心を操作できるのであれば、その部分を利用し、とっくに軍事利用されているだろう、というのが今最も有力な線だ」

「では、何故ティースさんが……」


 俺の言葉を遮って院長は言う。


「本人の意思だからだ。お前も思ったことはないか? 自分に力があったら、と」

「それとこれとは……」

「何も違わない。お前に力があれば、お前より弱い人間でお前が悪だと思う人間を裁くだろう。しかしどうだ、お前は悪を正しく見抜けるか? 私からすれば、誰が悪だの言っている時点で、それこそが罪だとは思うが」

「……ティースさんは力を得て、やりたいことをやったと、そう言いたいんですか?」

「その通りだ。ティースに妻がいて、その妻がいかに壮絶な最期を迎えていたとしても、その場所がいかに大切な場所であったとしても、子供を危険に晒してまでやることではない。子供たちに重篤な怪我がなかったと言っただろう。あれは予め、子供たちの衣服に防護のルーンを付与し、大事に至らないように保護していたのだ」


 ティースさん、こうなることを想定して子供たちを守るために計画していたのか。


「子供たちを守るための計画だと思ったのか? そうではない、まるで逆だ。子供を巻き込むことを前提に計画を立てていたのだ。私の物差しで測れば、何も知らない子供たちに罪の天秤が傾くことはない、それゆえティースは間違いなく悪だ」

「……だから、ティースさんが自らスルト大監獄へ?」


 全てに合点がいった。ティースさんは減刑という裁きを受けても、自分自身がその罪を許せなかった、ということなんだ。


「その通りだ。待遇の良い監獄を希望するのなら手続きがいくつも必要になるが、自ら厳しい監獄に行きたいと言うのなら、誰も文句は言うまい」

「子供たちは、エリクやフーガは、どうなるんです? 彼らの思いは」

「私は万能ではない、だから、ティースの心まで読むことは出来ない。しかし、望んではいる。ティースがスルト大監獄で自身の罪と向き合い、それでも子供たちのことを思っていてくれることを」

「もう、会えないのでしょうか」

「アルロとも手紙のやり取りをしたが、成人するまで会わせる気はないと言っていた。私もそれが妥当だと思う。事実が全て甘いものとは限らない。事実を知るには覚悟がいる」

「それは、俺の過去にも言えることでしょうか?」

「……お前が図書館で調べ物をしていたという情報は入っている。モリスの件もある、お前の耳に入っていてもおかしくはない。そして、今日ここに呼び出した目的も、この話だ」


 院長は自分の元居た席に戻り、机の引き出しから羊皮紙を何枚か取り出す。そして、それを持って俺の前に裏返して置いた。


「この書類は、因果だ」


「因果、ですか」


「ああ、これを開き自身の見つめることで、この因果がお前に絡みつくことになる。お前はこれを見なくても生きていくことは出来る」


「そんなことできない!」


 俺が本当の大人になるには、ここで一歩踏み出さないといけない。そう思った。院長は、俺の目を見て黙って羊皮紙をめくった。


 マグナ・ディメント掃討作戦における子供の保護についての報告書

マグナ・ディメントにて保護した子供たち三百名超は平均して知能が低く、死傷した子供たちの脳が一般的な子供たちよりも小さかった。このことから、日頃より何かを強制される、あるいは虐待を受ける、またあるいは強烈な快楽を与えられるなどして、意図的に脳を縮小させられたものであると考えられる。

 どの子供も、まともな会話が成り立たず、また環境の変化にも弱いため、所属していた施設が無くなると、活力がなくなり、ゆっくりと死亡していった。一万人以上の保護者から捜索依頼が出ていた子供たちで、本人だと確認できる者もいたがその全てが死亡した。


 マグナ・ディメントの幹部であるジェニーが抱えていた子供が唯一の生存者であった。


 ミハイルと名付けられたその子供は、幼いながらに魔力を発しており、処刑の対象になる可能性があったが、当時のムーア大佐(現司令官)が特権を行使し保護することになった。

 ショックからか又は他の子供と同様なのか、保護されたミハイルという子供は記憶を失っていたため、D.N孤児院に預け、軍の監視下に置く事とする。


 その後にわかったことであるが、ジェニーの胃からは0歳1歳児のものと思われる肉や骨が複数摘出された。何かの儀式を行っていたのか、あるいは錯乱して蛮行に及んだのかは不明。また父親のマクレガーに関してはその場で処刑。しかし、その後、別の現場からミハイルと似た魔力の波長をもつ血液がいくつか見つかり、既に判別できるような状況ではなかったため不明であるが、恐らくは異質な魔法の使い手が本当の父親であったと予想される。


「読み終えたか?」


「……はい」


「……何か、話すことはないか?」



「……ありません」



 何もない。話すべきことも。



「わかった」



 何が教師になりたい、だ。俺は、身の程を知らなかった。


 俺は、犯罪者の子供だ。


 なぜのうのうと生きている?


 俺の罪は、生まれたことだ。


 それなら、正しく死ぬべきだ。


 俺の命に、意味など無い。

お読み頂きありがとうございます。

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