辟易
「おい、聞いたかよ。クライヴの話」
「ああ、聞いたぜ。俺は隣のクラスだから知らなかったけどさ」
「やべーよな。やっぱあいつやべーよ」
「ああ。でもなんでモリスのことしめたんだ?」
「なんでも、……イルが……ナ・ディメントの幹部の子供らしくてさ」
「は? ミハイルが? マグナ・ディメントって大陸史最悪のテロ集団だろ?」
「そうだよ、俺らだってそれなりに訳ありだけど、これに比べたら全てしょぼく見えるよな」
「っつーか、犯罪者の子供って、やばくね?」
「やっべーよ。いつもニコニコしてて気持ち悪ぃと思ってたけど、ああやって油断させて俺たちを殺そうとしてたのかも知れねぇな。でもそれとモリスに何の関係が?」
「モリスがこの前、審査しに行った引き取り手の家が商人で、昔、マグナと取引をしたことがあったらしくて、その買い付けしに来ていた奴がミハイルの母ちゃんだったらしいんだわ」
「ヤバすぎないか? それ」
「それで、モリスはそれが事実なら色々やべーだろってことで、ランツ先生に話したらしいんだよ」
「そしたら?」
「ランツ先生は誰にも言うな、って言ったんだと。進路相談で院長と一緒に国外に行ったり、ミハイルは特別扱いされすぎだろ、って腹を立てたモリスは教室でみんなにこれを話したんだよ」
「へー、じゃあ、もうみんな知ってんのか! じゃあ、なんで夕食の時、みんな黙ってたんだ?」
「そこで、クライヴだよ。教室の中でミハイルのことを話すモリスを半殺しにしちまったのよ」
「ええ? なんで?」
「そこまでは知らねぇよ。クライヴはそれでも暴れ足りなかったのか、今度は他の生徒に対しても魔法を使おうとしてさ、そこで、ランツ先生が駆けつけてきて、お縄って感じだな」
「ひえーっ。犯罪者の息子と、人殺し、この先、どうなっていくんだろうね」
「ああ、でも俺たちにできることは……」
……最低な夢を見た。全身は汗にまみれている。起き上がろう。
「うわぁぁあ!」
扉の前に少年が立っている。そんなもの見たこともないし感じたこともないが、幽霊かと思った。
「こんばんは」
「グラム、幼年組はとっくに就寝時間だろ」
「ミハイル兄さん、兄さんも就寝時間を過ぎていますよ」
時計をふと見ると時刻は深夜一時。随分寝たような気がしていたが、そんなことはなかったらしい。気が付くと、熱もすっかり下がっているようだ。そして、机にはコップが二つ置かれており、コップの外側には水滴がいくつも張り付いている。
「これは、グラムが持ってきてくれたのか?」
グラムはコクリと頷く。俺は、ありがとう、と伝えコップに入った水を一気に飲み干した。全身の水分を汗で全て出し尽くしてしまったようで、もう一杯ももらっていいか、と尋ねると、半分だけなら、と言われた。
なんだ、これはグラムの分だったのか。でも、のどの渇きにあらがうことは出来ず、グラムの言いつけ通り、コップの半分の量を飲み、グラムに渡した。グラムはそれを飲む気配はなく、机に戻した。
グラムは幼年組の生徒で、ホランド院長の息子だ。母親はどこかに健在らしいのだが、どういうわけか、俺たちと一緒に育てられている。性格は院長の生き写しのような子で、時々手を顎にあてて考え事をしていたり、上級生に理屈で噛みついて論破したりと、なかなかにハードなお子様だ。論破した相手から暴力による報復を受けているところを何度か見かけたことがあり、その度に助けているが、そんな助けいらなかったかのように振る舞う。
でも、きっちり泣いているから、やっぱり普通の子供と同じように、怖がって、痛がって、傷ついているんだと思う。
「んで、グラム、何か用か?」
「ええ、この度はシーナでのご活躍、本当に感服しました」
「ん? かんぷく?」
「はい。乱心した教師からその身を盾としてか弱い生徒を守ったと聞き及んでいます」
「聞き及んでいますって、お前、いったい誰から?」
「私の友人であるパルペンから聞きました」
「パルペンさんが友人?」
「彼とは古い仲でしてね」
「古いって言ったって、お前いくつだよ」
「今年で五歳になりますね」
「……。まあいいや。子供嫌いなパルペンさんに認められそうな話し方はしてると思うよ」
「今まで何度も兄さんから助けられてきましたが、またしても尊敬の念を抱かずにはいられません」
「あのな、グラム、俺は誰からか守ろうとかそういうのじゃなく、ただ目の前に起きたことをだな。それに、根本的な解決をしたのはホランド院長と、パルペンさん、ユークリッドさんだ」
「言葉を返すようですがミハイル兄さん、今名前が挙がった三名は、結果として根本の解決に向かって行動を起こしていますが、幼き子供の命の源泉を守ることを主に据えていたわけではないのです」
「命の? げんせん? なに?」
「ああ、わかりやすく説明しますと、あの場でその子の命を優先に動いていたのはミハイル兄さん、あなただけなんですよ」
わかりやすく、と来たか。ちょっとむかつく物言いだが、まあ、大体いつもこんな感じなので、聞き流そう。
「そんなことはないぞ、グラム。みんなあの院の生徒を守るために動いていた」
「そう思いますか? そうですか。まあ、そうなのかもしれないですね」
「なんだ、そんな話をしに来たのか?」
「いえ、話はまだあります。ミハイル兄さん、これからあなたに最大の苦難が訪れるはずです。今日はそれを伝えに」
「最大の苦難?」
「ええ、もうなんとなく察しがついているのでは?」
「……俺の……親の話か?」
やはり、あれは夢じゃなかったってことか。俺は、廊下の話を朦朧としながら聞いていたのか。
「なんと! そこまでご存知でしたか。これはこれは、また兄さんを更に評価しなくてはならなくなりました」
「真剣に話さないなら、もう部屋に戻れよ」
「何を言っているんですか、私は真剣そのものです」
どうやら、表情から言ってもそのようだ。
「そこまでご理解していただいているのであれば話は早い。今こそ、進路を決めるときです」
「なに? なぜここで進路の話を?」
「求める答えは、後ろにはありません」
「どういう意味だ?」
と、質問を投げかけた瞬間、俺の部屋の扉ががちゃりと音を立てた。それと同時にグラムは、机の上のコップを勢いよくひっくり返し、自分のズボンに水をかけた。
「おや、グラム、ここにいましたか、探しましたよ」
「ランツせんせい」
俺の部屋に入ってきたのはランツ先生だった。コートを着たままなので、今まさに帰ってきたところらしい。というか、グラムはなんとこの一瞬で泣きまねをしている。
「ランツせんせい、おもらししちゃって、ごめんなさいー」
「おお、そうですか。仕方ありませんね。先生と一緒にお風呂に入りましょう」
ランツ先生は最後に不安そうな、悲しそうな顔を浮かべて俺に「早めに寝なさいね」と言ってグラムを風呂場に連れて行った。
あの悪夢が本当なのだとすれば、俺は事実を確認しなくてはならない。
数日後、俺はすぐに行動に出た。
孤児院のすぐ近くにある国営図書館で、歴史書を読めばすぐにあの組織については分かってきた。このことを俺がよく知らなかったのは、俺とは関係のない話だと思っていたからだ。
歴史を学ぶ、という感覚が俺にはあまりなかった。なぜなら、俺に歴史がないからだ。どんな出自か知らない、こんな当たり前のことが、世界と俺を引き離していた。
必要なのはルーツだと思った。これから俺がどんな人間になっていくのか、どんな人たちと出会っていくのか、自分はどこから来てどこに行くのか、俺は俺を知りたい。
マグナ・ディメント、この組織が何をしたのか。
人間の誘拐、人体改造、破壊行為、非合法な薬物の生成、売買。数えればきりがないような悪事の数々。しかし、どれをとってもいまいち実感がわかない。
組織のトップである教祖の名前はアーリーと言うらしいが、その思想や目的については一切の不明。いったい、そこまでの悪事を行って何がしたかったんだろう。
俺の親は何をしたかったんだ。
いや、俺はなんで産まれてきたんだ。
……聞くまでもないか。
俺の命は悪意から生み出されたに決まっている。
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