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食堂に行くと、ヒザキが縄梯子を下ろした。
「下に着いたら、全力で走れ。声をかけられても、絶対に止まるな。大丈夫だ。もし見張りが気付いても、走り去る者を撃ったりはしない。仮に撃っても、当たりゃしない」
「恩に着る」
「よせ。お前が消えた方が、交渉の材料が無くなる分、逃げる案が通り易くなるんだよ。お前のためじゃない。俺たちの…」。そこで、ヒザキは目を逸らし、「ミサキのためだ」
ミサキは、少し前までヒザキの恋人だった。ハイブ一の美人という声も多い。
ヒザキは、別れた後も未練タラタラというわけだ。
アキラはフッと笑って、縄梯子に足をかけた。
「死ぬなよ、ガキ」
「最後くらい、ガキはよしてくれ」
「最後じゃないさ。また、会おう」
ヒザキは、拳を作ってアキラの前に突き出した。アキラは、そこに、軽く拳を合わせると、縄梯子を滑り降りた。
地面に着くなり、振り返りもせず、一目散に走り出した。
昨夜の雲は晴れていて、今は空一面に星が出ている。
ハイブがヴェスパと取引するにせよ、逃げるにせよ、或いは戦うにせよ、もうアキラに出来ることは一つもない。既に自分は部外者なのだ。ハイブの行く末は、ハイブの住人に委ねるしかない。
ヒザキならば、上手くやってくれる。
嫌な奴だ、嫌な奴だと思い続けたヒザキだが、思えばアキラにとっては兄貴のような存在だった。あの日、憩いの家で初めて会ったときから、もう、十年が経つ。
楽な日々ではなかった。仕事は辛いし、腹は満たされない。ろくに娯楽もない。生きるだけで精一杯の日々だった。
自分を認めてくれない上の連中に反発し、ヒザキとはケンカばかりしていた気がする。
振り返れば、その日々の、なんと幸せだったことか。
走りながら、アキラは涙を拭った。死を覚悟したときにも出なかった涙が、こんなときに、止めどなく溢れて来て、星に照らされた世界を曇らせた。
ヒザキは最後に死ぬなと言ったが、そういうわけにもいかない。この事態を引き起こしたのは、他でもない、自分の責任なのだ。
けじめだけは、つけさせてもらう。




