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アキラは目を開いた。どうやら、眠ってしまったらしい。そういえば、昨夜は一睡もせず、町を走って来たのだった。
バリケードの隙間から射す光は既に絶えていて、階段の方に僅かな灯が見えるのみだ。日が暮れたらしい。
夢の影響で、心臓は、まだ激しく胸を叩いていた。それにしても酷い夢をみたもんだと、額を押さえて嘆息する。
座ったまま眠ったせいで、体全体が強張っていた。首と腰を捻ると、パキパキと音がした。
階段の方で、微かな足音がした。揺れる灯が、段々と近づいて来る。下りて来る者がいる。
頭の無いユイがやって来たのかと、叫び出しそうになるのを、必死で飲み下した。
そこに姿を現したのは、ヒカリだった。廃油のランプを持って、恐る恐る下りて来る。危うく、ネズミに悲鳴を上げそうになったのを、口を押えて我慢した。
「アキラ兄ちゃん」。階段を下りきると、押し殺した声で、そう言った。
「ここにいる」。返事すると、ヒカリが小走りで駆け寄って、檻にランプを近づけた。アキラの顔が照らされた。
「良かった!兄ちゃん!大丈夫?」
「大丈夫だ。どうして、ここへ?」
「だって、このままじゃ、兄ちゃん殺されちゃうでしょ?逃げて!」
「馬鹿!お前、そんなことをしたら…」
「私なら大丈夫。もしバレたって、引っ叩かれるくらいで済むと思う。だから、逃げて」
ヒカリの気遣いに、アキラは涙が溢れそうだった。
ありがたい。
「そこに鍵がかけてある。取ってくれ」
ヒカリは立ち上がって階段のところまで戻り、南京錠の鍵に手をかけた。
そして、そこにいる人物に気付いて息を飲んだ。
「そこまでだ、ヒカリ。一階にランプの灯があるから、もしやと思って来てみたが、そういうことか」
ヒザキ!
アキラは唇を噛んだ。
「その鍵をよこせ」と、ヒザキはヒカリの手首を掴み、鍵を引っ手繰った。
ヒカリが小さく悲鳴を上げる。
「やめろ、ヒザキ!ヒカリは悪くない!」
ヒザキは檻に近づき、屈んでアキラの顔を見た。
「分かっているさ。悪いのは、いつもお前だ。こんなときに、のこのこ戻って来やがって。あのマミヤが、お前の言うことを聞くとでも、思ったか?」
南京錠がカシャンと鳴り、ヒザキが檻の扉を開いた。蝶番が軋んで音を立てた。
「さっさと逃げろ、ボケガキ」
アキラは、下からランプの光に照らされたヒザキの顔を見た。
「ヒザキ…。どうして?」
「マミヤの野郎の方針に、従いたくないだけさ。俺も、ヴェスパと取引なんぞ、するべきじゃないと思う。逃げる方が得策だ。次は、俺がマミヤたちの説得に当たる。お前は、とっとと消えろ」
「そんなこと、ヒザキ一人に任せておけない!俺も、一緒に説得するぜ」
ヒザキは、アキラのダウンジャケットの襟首に手をかけた。
「つけ上がるなよ、クソガキ。お前はハイブを捨てた身だろうが?俺たちの運命は、俺たちが決める。部外者はお呼びでないんだよ」
アキラは黙って中腰に立ち上がり、檻から出た。
ヒカリの頭をよしよしと撫で、
「ありがとう、ヒカリ。もう大丈夫だから、部屋に戻って、いい子にしてるんだ」
「うん…。アキラ兄ちゃん、気を付けてね」
声が涙で濡れている。これが今生の別れかも知れないことを、知っているのだ。
聡い子だと、アキラは微笑んだ。
「それと…、これ、あげる」。そう言って、ヒカリがアキラに手渡したのは、セーラー服を着た、あのユイの写真だった。「お姉ちゃんじゃないかもしれないけれど…」
「ありがとう。小さい子たちを、よろしく頼むぞ」。…ユイの代わりにな。
ヒカリは、両手で涙を拭いながら、強く頷いた。
階段の上には、スーコがいた。人が来ないか、見張っていたのだ。
「さっきのパンチ、効いたぜ」
「ユイを助けられなかった分だ。我慢しろ」
「…すまん」
アキラが謝ると、スーコの顔がみるみる崩れた。涙が溢れて頬を伝う。鼻を啜る。
「誰にも言わなかったけどよ。俺、ずっとユイのことが好きだったんだ」
スーコがユイのことを好きだったのは、既に周知の事だった。スーコは何でも顔に出る。
アキラとヒザキは、呆れた顔を見合わせた。




