85
結局、ゴロウの言いなりになっている自分が悔しかった。どうして、ゴロウはワスプなどになってしまったのだろう。百歩譲って、ユイを奴らに差し出したのは、ハイブを救うために必要だったとしよう。しかしヴェスパは、そのユイの仇ではないか。
今、この町最強の勢力は、紛れもなく奴らだ。奴らに付くのが、得策だと判断したのだろうか。だとしたら、アキラは絶対にゴロウを許せない。
いいや…、と思い直す。ゴロウは頭が切れるが、損得勘定だけで物事を決める人間ではない。だからこそ、人望を集めるのだ。
ヴェスパの内部に入り込めば、タクミを止められると思ったのか?いくらなんでも、不可能だ。
しかし、ゴロウならば、それもあるかと思った。信じたかった。ゴロウが、性根まで腐っていないと、そう信じたかった。
周囲の風景が、段々と見慣れた物になり、朝もやの中に、見慣れた建物が姿を現した。一階がバリケードに覆われ、正面に狭い畑がある。二週間前から、何も、変わっていないように見えた。
「止まれ!動くな!」
静まりかえったビルの間に怒声がこだまする。屋上にいた見張りが、ガチャリと猟銃に弾を装填した。
アキラは両手を上げて膝をついた。地上にいた見張りが、もう一丁の猟銃を構えて駆け寄り、素早くアキラの前に回り込んだ。顔を見るなり、
「アキラじゃないか!」。男は驚いて言った。
「ケンジさん。時間がないんだ。すぐに、マミヤさんたちを集めてくれ」
念のためのボディチェックを受けた後、アキラは縄梯子を上り、ハイブに入った。
窓からハイブに入ると、ケンジが梯子を巻き上げた。
アキラが帰って来たことを聞きつけた子供たちが、朝も早いのに、駆けつけて来た。
「アキラ兄ちゃん!」
一番に駆け寄って来たのは、タケルだった。
「よぅ、タケル。いい子にしてたか?」
頭をクシャクシャと撫でまわす。
ヒカリが少し離れたところから、泣き出しそうな顔で、こっちを見ていた。
「兄ちゃん、急にいなくなるんだもんな。心配したぜ?マミヤのおっさんは、兄ちゃんがハイブから出て行ったって言うけど、嘘だよな。兄ちゃんが、俺たちを放って出て行くわけないもんな!ところで、ユイ姉はどうしたんだ?ゴロちゃんは?一緒じゃなかったのかよ?」
アキラは何も言わず、少し強めにタケルの髪を掻き回した。
「イテテテテテテッ、何するんだよ!」
タケルは無邪気だが、ヒカリの方は、なんとなく事情が分かっているようだ。アキラたちがいなくなった理由も、アキラ一人が帰って来た理由も。
しばらくして、ヒザキとスーコがやって来た。どういうわけか、ヒザキは深刻な表情をしている。黒縁眼鏡のかかった眉間に、深い皺を刻んでいた。
「ヒザキ…。しばらくぶりだな」
「どういうつもりだ、アキラ」
「出て行ったことが、かい?それとも、帰って来たことが?」
アキラのことを心配するような奴じゃない。たぶん、のこのこ帰って来たことに腹を立てているのだろうと思ったが、
「何しに、帰って来た?!」
ほぅら、やっぱり。
「また仲間にしてくれと言いに来たわけじゃない。俺は、危険を報せに来たんだ」
話を続ける前に、アキラは子供たちを部屋に帰らせた。この先は、刺激が強すぎる。タケルは行きたくなさそうだったが、ヒカリに促されて、しぶしぶその場を去った。
「輸送隊が、ワスプにやられた。女、子供まで皆殺しだ。ある人の話だと…」。ゴロウを『ある人』と言ったのは、彼がワスプになったということを、ヒザキたちに報せたくなかったからだ。ヒザキもスーコも、心からゴロウを尊敬している。「ある人の話だと、次は、このハイブが狙われているらしい」
「そんなことは、とっくに知っている!だから、どうして、この時期にお前が帰って来たんだと聞いてるんだ!」
「…え?」




