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「まだ、仕事を終えていないようだな」。開口一番、枯れてガサガサになった声で、ストラスはそう言った。「何か問題でも起きたのか?」

「ああ。昨日までは二つだったんだが、今朝、三つになった」

「話してみろ」

 アキラは、そこにあった木製の丸椅子にドカッと腰を下ろした。椅子の脚が、ミシリと音を立てた。ストラスは立ったままだ。身にまとった黒いボロがゆらりゆらりと動くせいで、帰ってストラス本人の動きが目立たず、まるで案山子のように人間味がない。

「その仮面外さないのか?話しにくいだろ?」

「余計なお世話だ」

 俺が話しにくいんだけどな…。

「一つ目の問題は、向こうの世界で殺しをやると、必ずってくらい警察に捕まって、酷い目に合わされるらしいってことだ」

「そんなことか…」と、ストラスは仮面の向こうで溜め息をついた。「それも含めての取引だ。仮に殺人罪で懲役刑を二十年食らい込んだところで、残りの人生を向こうで過ごせるならば、安いものだとは思わないか?むしろ、刑務所で過ごす時間でさえ、こちらの世界で暮らすよりは、ましかもしれないぞ」

「なるほど」と、アキラは納得した。「だけど、できることなら俺だって、刑務所になんか入りたくない。殺さなくても済む方法はないのかよ。黒田を恨んでんのか、妬んでんのか知らないけど、少々痛めつけて済むのなら、それで済ませて欲しいんだけどな」

「駄目だ。私も、殺したくて殺すわけじゃない。やむを得ず、殺すしかないんだ」

「じゃ、せめて、その理由を教えてくれよ。もっともな理由があれば、俺だって、少しは気が楽になるってもんだろ?」

「もっともな理由はない。彼奴を殺すことが、私の利益になるとだけ言っておこう」

 結局、肝心なことについては、話すつもりがないってことかよ。

「その理由を教えてくれれば、他に解決法が見つかるかもしれないじゃないか」。アキラは食い下がった。

「他に解決法があるのなら、そうしている。私だって、人殺しは好まんからな。だが、お前の頭で、斬新な解決法を考えつくとも思えない」

「しかし…」

「自分の立場が分かっていないようだな、アキラ。貴様は一ヶ月で死ぬ毒を注射されて、解毒剤を得るため、命令を遂行するんだ。死にたくなければ、私の言うことを聞くほかない。私と交渉できる立場にあると思うな」

 そう言われては、黙るしかない。アキラは、しぶしぶ話を続けた。

「二つ目の問題は、黒田が見つからないことだ。自宅には別の人が住んでいて、職場にも長い間顔を出していないらしい。行きつけの喫茶店も、別れた奥さんも、全部ダメだった。今でも毎日捜しているが、捉まる様子がない」

「研究室に行ったのか。職場に顔を出していないと言っても、黒田は在籍しているんだな?他に誰がいた?」

「高畑って、おっさん。親切で話し好きな人だよ。それから、泊っていう陰気な学生の兄ちゃんがいた」

「兄ちゃん?女子大だろう?」

「最近、共学になったんだとさ。どうでもいいけど」

「やはり、高畑が研究室を担っているか。なるほどな」

 仮面の向こうで、ストラスが笑ったようだった。

「それでさ。そこの研究室でフクロウを飼ってるんだ。名前はストラス。実験用のマウスを食うんだぜ?あんたと同じ名前だよな」

「それがどうした?」

「偶然にしちゃ、おかしいだろ?!ストラスとストラス。それに、フクロウだ」

「おかしくない。そもそも、ストラスはフクロウの姿をした悪魔の名前だ」

「はぐらかすなよ。そこで研究している内容は、あんたがこの間してくれた講義とよく似た物だった。あんた、あの研究室の連中とどういう関係だ?」

 ストラスは、黙った。喋らないと、大きなフクロウの人形のようだ。仮面の奥に人間がいるのかどうか、あやしくなる。

「何とか言えよ、ジジィ」

「私もかつて、そのフクロウに会ったことがあるのさ。だから、そこから名前を頂いたというわけだ。それ以上でも、それ以下でもない。お前はこれまで通り、大学に通い続ければいい。そのうちに必ず帰ってくるはずだ」

「どうして、そんなことが分かる?」

「分からないさ。もし帰って来なかったら、お前は死に、私は次の適格者を探す羽目になる。できれば避けたいが、仕方がない」

「見つからなかった場合、解毒剤をくれないのかよ。そして、新たに毒薬を注射すれば、次の一ヶ月も俺を使えるぜ?」

「それは危険だ」

「危険?」

 確かに、毒薬と解毒剤を繰り返し注射することが、安全だとは思えないが…。

「もし一度でも私がお前に解毒剤を注射すれば、お前は私を殺し、何の心配もなくゲートを使って向こう側へ行くだろう。ゲートの存在を知っている者は、毒で縛っておく必要があるのだ」

 なるほど。自分にとって危険だということか。しかし、言い難いことをずけずけと言うジジィだ。

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