77
その日、アキラは望巳のマンションに帰らなかった。携帯電話で連絡をとり、その旨を伝える。今夜、教会から一時的に向こう側の世界に帰るから、それまで外で時間を潰す、と。
本音を言うと、この世界にワスプたちがいると分かった今、自分と関わることで、望巳たちに危害が及ぶのが怖かったのだ。
夜中の11時を過ぎた頃、アキラは、あの教会までやって来た。街灯は灯っているが教会の敷地内は、隣の墓地も含めて真っ暗だ。周囲の道路は、既に人気が絶えていて、誰かに見られる心配はなさそうだ。不気味なことを除けば、忍び込むのは、そう難しいことではなかった。
日曜にしか開かない教会は、当然鍵がかかっていた。窓から中を覗くと、非常口を示す緑色の看板が内部を照らしていた。
その窓を、肘で叩き割った。アキラにとって、鍵がかかっているのは、たいした問題じゃない。このあたりのモラルの無さは、この世界の住人とは一線を画する。もし教会が防犯装置を付けていたら、アキラは捕まっただろう。もちろん、アキラは防犯装置の存在など知らなかったが、教会の経営はぎりぎりで、防犯対策に割く予算はなかったし、内部に泥棒が狙うような金銭的価値のある物も無かった。
地下室の鍵が、オルガンの上のフックにかけてあるのは、久世がそこにかけるのを見て知っていた。非常口の看板のおかげで室内は思いのほか明るかったので、それを頼りに地下への扉を開き、買っておいたペンライトを取り出した。
向こうの世界では貴重な電池類が、こっちの世界ではただみたいな値段で売ってある。
スイッチを入れると、地下室が鮮やかに照らし出された。こんな高性能なペンライトは見たことが無い。十年前には無かったか、あったとしても、あまり普及していなかったのだろう。LEDといって、高性能な上に省エネだという。
階段を下りると、そこにあった木箱(何が入っているのだろう)に腰を下ろして、時間が経つのを待った。時折、望巳に買って貰った携帯電話を広げて、時間を確認する。
三十分余り待って、携帯電話の液晶に、0が四つ並んだそのとき、不意にブーンと音がして、地下室に、紫色の光を放つピンポン玉大のゲートが現れた。ゲートはみるみる大きくなり、直径2mほどの球体になった。
これで二度目になるが、アキラは恐る恐る球体の中に体を沈めて行った。体を動かすたび、耳元でハエが羽ばたくような音がブンブンと鳴る。頭が通るとき、ひときわ大きな羽音が響き、アキラはゲートを抜けた。
部屋自体は同じものだが、こちら側は、部屋が蛍光灯で照らされていて、巨大な装置が座っている。スイッチの前にボロを纏い、フクロウの面をかぶったストラスがいて、アキラがチョークで描かれた円の外に出たのを見計らってスイッチを切った。
ストラス・ゲートは、みるみる小さくなり、消えてしまった。




