64
高畑は、黒田の現住所も教えてくれたので、そちらへ行ってみることにした。
「おそらく、いないだろうけどね」。高畑は、そう言った。
そこは、四階建てのビルだった。一階が肉屋になっていて、脇に、ビルへの入口があった。二階から上が、マンションになっているようだ。アルミの郵便受けが並んで壁にかかっており、その向こうに階段がある。どういうわけか、階段の踊り場にある明り取りの窓は、ガラスではなく、鉄格子になっていた。黒田の部屋番号のある郵便受け(名前はない)は、もう長い間覗かれていないらしく、ダイレクトメールやピザやのチラシが溢れていた。念のため、階段を上って部屋の前まで行き、ピンポンを押してみるが、やはり、返事はない。
ついでに、黒田の行きつけだという喫茶店も見ていくことにした。マンションを出て商店街の方へ少し歩くと、どぶ川に突き当たる。どぶ川沿いに五分ばかり行ったところ、雑居ビルの一階にその店はあった。
リバーサイド・パステルカラー。
「変わった名前の喫茶店だな」
変わっているのは、名前だけではない。木を基調とした造りのレトロな喫茶店だが、入口のショーウィンドウには、片腕のない海賊のマネキンが、ビールジョッキを握った義手を持ってビールをあおっていた。中は予想以上に狭く、カウンターに八席と四人掛けのテーブルが三つだけ。カウンターの上には、裸電球がいくつかぶら下がっているが、コードに干し首のようなものが巻きついている。
悪趣味にもほどがあると、二人は顔をしかめた。
たぶん二十台前半の、若いが真っ白な髪をしたマスターがコップを拭いていた。店内には、ウェイトレスも一人いるが、二人が入っても『いらっしゃいませ』の声はない。他に客はいないようだ。
「ちょっと、お訊ねしますが…」と、望巳が話しかけた。マスターは無言で顔を上げた。目が青い。髪の色といい、外国人かもしれない。「黒田勇次郎さんをご存知ですか?」
白髪のマスターは、首を傾げるでもなく、無表情で小さくかぶりを振った。
とぼけているようにも、ただ無愛想なだけのようにも見える。望巳は、奥にいるウェイトレスの方を向いた。
「あのぅ、黒田さんという人を…」
ウェイトレスの顔を見たアキラは、背筋がゾクリとした。血の気がまったく感じられない青白い顔。目の周りが真っ黒だ。化粧だろうか。化粧でないとしたら、それはまるで死人の顔だった。
望巳も驚いたらしく、それ以上何も訊くことはできなかった。




