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こっちの世界は美味い物で溢れている。感動の涙が溢れて来るのを堪えながら、アキラは、ものの5分で『もうにんぐ』を平らげた。
「ほう。小気味のいい食いっぷりをする兄ちゃんだな」。腕を組んだ店主が、感心しながら言った。
「おかわり!」
「それくらいにしておけ」と、望巳が待ったをかけた。「食い過ぎは体に毒だ。あと、俺の財布のことも考えろ」
「なんでだよ。金なら、あるぜ?」
「貰い物の金で、知った風なことを言うな。この世界じゃ、みんなあくせく働いて、僅かな金を稼いでるんだ。それに、俺の面子もある。奢らせろ」
「メンツ?」
「いいぜ、兄ちゃん。どうせ他に客もいねぇし、残り物で適当に作ってやるよ」
どうやら店主は、アキラのことが気に入ったようだ。
「すまんな、オヤッさん」。望巳が礼を言った。
「オヤジじゃない。マスターと呼べ」
マスターは、腕まくりをすると、再び厨房の方へ入って行った。
「さて、この後だが…」と、再び給水器でコップに水を足しながら、望巳が話し始めた。「とりあえず、住む所を探さなきゃならん。不動産屋に行って、いい賃貸マンションを探してもらおう。できるだけ早く入れる所がいい。ホテル代も馬鹿にならんからな。ただ、身分証も無いような奴に、貸してくれる所があればいいんだが…。最悪、俺の名前で借りて、そこに入ることになるだろうな」
コップを持って席に着く。望巳の頭の中には、既に計画があるらしかった。昨夜から今朝にかけて、アキラのことをいろいろと考えてくれたのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ノゾさん。俺、その前にやんなきゃならないことがあるんだ」
「やらなきゃならないこと?」
「俺さ、あっちの世界から迷い込んできたってわけじゃないんだ。ちゃんと目的があって来てるんだよ。フクロウの爺さんは、ストラスは俺にそれをさせたくて、この世界に送り込んだんだ。ストラス・ゲートを使って」
「送り込んだ?ストラス…、なんだって?」
「ストラス・ゲート。こっちの世界と向こうの世界を繋ぐ門みたいなもんさ」
望巳は、分かったような分からないような顔で「ふーん」と答え、「で?その用事ってのは?」
「人を捜すんだ」
「人を?捜してどうするんだ?」
「殺すんだ」
望巳は、口に含んであった水を吹き出した。
今回はカウンターだったから、隣にいたアキラに被害はなかったが、テーブルに着いていたら、昨日に引き続き水をかぶっていたところだ。
「癖なのかい?それ」
「バ、バカ野郎!おいそれと殺すなんて言葉を口にするんじゃない!お前の世界のことは知らないが、こっちの日本は法治国家だ。人殺しは警察に捕まって厳重に処罰されるんだぞ!いやいや、そうじゃない。殺人は人として、その、倫理的にやっちゃいけないことなんだ」
確かに、生き死にを日常的に見て育ったアキラには、殺人に対する免疫が、いくらかある。少なくとも、平和な時代に生きるこの世界の人たちよりは、はるかに。その行為を忌み嫌いながらも、ある状況下では容認する自分がいるのを知っていた。
「だけど、やらないと俺が死ぬんだ。毒を注射されて、だいたい一ヶ月で死ぬらしい。その人を殺せば、解毒剤をもらえるんだけど…」と、左肘の裏を見せた。注射の痕は、青く変色していた。
望巳はそれを見てゴクリと唾を飲み込み、「ど、どうして、そんな約束をしたんだ?」
「それが、こっちの世界へ来るための、ストラスとの約束だったんだ」
望巳は溜め息をついて目を手で覆った。




