57
「と、とにかく、如何なる事情があるにせよ、人殺しを認めるわけにはいかん。まずは、そうだな。病院へ向かおう。病院へ行けば、その解毒剤が手に入るかもしれない。だが、なんて説明しよう。『文明の崩壊した世界で、フクロウに注射を打たれたんですけど、それが、どうやら毒らしいんです』…たぶん、別の病院を紹介されるな。頭の方を。せめて、その毒の名前は分からないか?」
「さぁ…」
「そうだろうなぁ…。毒を打つ奴に、わざわざ説明する親切な奴もいないだろうな。何かで読んだけれど、世界には、ぼう大な数の毒があって、病院で検出できるのは、そのごく一部だって話だ。病院にかかっても、解毒剤をもらえるっていうのは、望み薄だろう。毒の注射を打たれたってことになると、きっと警察沙汰になるだろうし、そうすれば、一ヶ月なんて、すぐに経ってしまう。当然、他に何もできなくなるから、やはり、病院にかかるのは得策でないかもしれない」
「それじゃあ、やっぱり、殺すしかないってこと?」
それを聞いた望巳は、顔を真っ赤にした。
「二度とその言葉を口にするんじゃない!今まで、お前がどうやって生きて来たのかは知らん!だが、これからは…、この世界に来たからには、この世界の掟に従って生きるんだ!」
アキラは黙った。まだ、自分の身の振り方さえろくに決め切れていない自分に対して、この人は、どうしてこうも、熱心に言い聞かせてくれるんだろう。
自分一人生き延びるのが精いっぱいの、あちらの世界では、考えられないことだ。甘っちょろいと、鼻で笑われそうな言い草だ。
「とりあえず、その人を捜そう。勘違いするんじゃないぞ。殺すために捜すわけじゃない。策を練るためにも、居所を掴んでおく必要があるから、捜すんだ。手掛かりはあるのか?」
アキラは、鍵を使ってアタッシュケースを開き、中から黒い手帳を取り出した。
「写真がある。あと、住所と電話番号と勤務先と、行きつけの喫茶店、別れた奥さんの名前も…」
「それだけあれば、十分だ。逆に疑問だな。そのストラスってやつは、それだけ分かっていて、どうして自分で殺そうとしないんだ?」
「誰でもゲートを抜けられるってわけではないんだ。ストラスは、俺が『テキカクシャ』だって…」
「なるほど。納得だ。向こうは酷く危険で不便なんだろ?誰でも来られるんなら、みんなこっちに来るだろうからな」
「でも、これは俺一人でやるよ。これ以上、ノゾさんに迷惑はかけられない」
最悪の場合、殺さなくてはならないときが来るかもしれない。そうなったとき、望巳を巻き込むわけにはいかない。
望巳は、それも察したようで、
「バカ言うな!そんなこと言う奴を、一人で行かせられるかよ!それに、乗りかかった舟だって言ったろう。お前一人じゃ、住所なんて分からないだろ?電話の掛け方だって知らないんじゃないのか?そんなんで、どうやって見つけるつもりだよ」。アキラは黙った。言い返せない。「ほら、ちょっとそれを見せてみろ」
アキラは、ノゾミに、黒い手帳と、それに挟んであった写真を手渡した。
「ふむふむ。黒田勇次郎58歳か」。写真を手に取り、「古い写真だな。破けてるじゃないか。いや、破いてあるのかな?」




