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しばらく、ぶらぶらと街を歩くうち、洋服を展示してあるショーウィンドウを見つけた。洋服だけでなく、靴やスポーツ用品、キャンプ用品などを扱っている店だった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、揃いの赤いユニフォームを着た店員たちが挨拶した。アキラも、軽く会釈した。
人生初の買い物だ。
実は、買い物の仕組みについては、よく分かっていなかった。パンデミックが起きたのは、アキラが七歳のときで、それまでは、母親の買い物を見ていたはずなのだが、なにしろ、十年も前のことである。すっかり忘れてしまっていた。
有難いことに、店の中には、他にも何人か客がいたので、それを真似れば良いのだと気が付いた。
客は、店の中にある無数の服の中から、自分が気に入った物を選び、あの小さな箱の中に入って着替える。
なんだ、簡単じゃないか。
売り場に、オレンジ色のダウンジャケットを見つけたときには、運命の相手に巡り合った気分だった。それとジャージのズボン、温かそうなトレーナー。新しいスニーカーを持って、『箱』の中へ入った。
真新しい服を着たのなど、いつ以来だろう。それも、これだけの種類、これだけの量から好きな物を選べるのだ。サイズも豊富だった。
昔は、こういう風にして衣服がいつでも手に入ったのか。みんな、文明が無くなって嘆くはずだなと、しみじみ思った。
今まで着ていた服は、そのまま置いといて、アタッシュケースだけを持って、箱から出た。もう、ここに用はないので、店を出ようとした瞬間、
「ちょっと、お客さん。その服、会計済んでないよね?」
眼鏡をかけた若い男の店員に呼び止められた。
「カイケイ?なんのことだ?」
「とぼけんのか?こいつ。入って来たときから、胡散臭い奴だと思ってたんだ。しかも、全ての値札をつけたままだと?なんて大胆な万引きをする奴だ」。人を見かけだけで判断する嫌な奴だ。ヒザキを思い出す。「金払わないんだったら、警察呼ぶぞ!」
「カネ?ああ、金か」
アタッシュケースを床に置き、鍵を使って蓋を開け、中身を店員に見せた。
開けられた衝撃で、詰め込まれた一万円札が数枚、バラバラと床にこぼれる。
しかし、どれだけ払えばいいのか分からない。全部やってもいいのだが、そうすると、この後困りそうだ。一掴み持って、
「これで足りるか?」。呆然としている店員の鼻先に突き付けた。
彼は、何故だか、顔を真っ青にして、
「い、いえ。落ちた分だけでも、十分過ぎるくらいあります」と、床から三枚ばかり一万円札を拾い上げ、「こちらへどうぞ」とレジまで案内した。
店員は、さっきと打って変わった丁寧な姿勢で、アキラの全身から飛び出している値札のバーコードをスキャンし、何度も額の汗を拭きとりながら会計を済ませた。
なんだか、よく分からないが、これで良かったらしい。
「ところで、これは何?」
「レシートです」
「こっちは?」
「お釣りです」
「かさばるから、いらないんだけど、持って行かなきゃダメかな?」
「ダメかと言われますと、そうではありませんけど、持って行かれた方が、どちらかと言えば…」
何を言いたいのか、さっぱり分からない。
面倒くさいので、アタッシュケースの中へ全部放り込んで、鍵をかけた。
「もう、行ってもいいかな?」
「ど、どうぞ!ご利用、あ、ありがとうございました!」
しかし、この態度の変わり様、まったく理解できない。何があったというのだろう。
「お、お客様!」
うんざりして振り返る。「まだ、何か用?」
「よ、よろしければ、値札をお取りしましょうか?」




