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「どうせ、いつものネズミだと思っていたら、あんまりドタバタやるもんで、てっきりノラネコでも迷い込んだのかと思ったが、まさか、人がいるとはな」

 おばさんが着るような白い割烹着を着て、頭にほっかむりをした、太った中年男は、アキラを見てそう言った。

 男は教会の長椅子の一つにアキラを座らせ、ポットでマグカップに日本茶を淹れて、手渡した。

「お前、家出少年か?酷いかっこうだな。いまどき、ホームレスでも、もう少しましな服を着てるぞ」

 アキラの服は、ほとんどが輸送隊で貰ったものだ。黒のブルゾンと、サイズが全然合っていない、ぶかぶかのジーンズ。靴だけは、ハイブから履いているスニーカーで、元は白かったが、今は汚れて茶色とも黒ともつかない。血の染みまである。

「ホームレス?」とアキラは訊きかえした。

 男は、片眉を上げた。「家のない人たちのことさ」

「ああ。放浪者のことか」

「粋な言い方をするな。ここは教会だから、時々、食べ物をくれとか、泊らせてくれとか言って来るのがいる。こっちだって、僅かな献金でやり繰りしてるんだ。俺だって、そんなに裕福な暮らしをしてるわけじゃない。日曜は、一応牧師として、ミサをやったり教会の掃除をしたりしているが、それだけじゃ、やってけないから、平日はサラリーマンなんだ。それに、教会はみんなの物だからな。誰彼かまわず泊らせてやるわけにはいかん。とは言っても、主は全ての人を救いたもうから、無下にはできん。だから、こうしてお茶を出してやるのさ」

 男は、名を久世と言った。

「牧師らしい名前だろ?『救世』ってね。出は和歌山で、蜜柑農家の次男坊だけどさ」

 教会の中は、向こうの世界とでは、まったく印象が違った。掃除していたというだけあって、床には埃一つ落ちていない。蛍光灯のせいだろうか、壁も絨毯も、ステンドグラスまで、室内のコントラストが一段階明るくなったような気がした。向こう側の教会の、何処か不気味な印象は消え去り、祭壇のマリア像までが、心なしか微笑んでいるような気がする。

「しかし、どうやって入ったんだ?穴でも掘ったのか?」

 アキラは答えなかった。

 こことは違う世界からゲートを使ってやって来たと言ったら、どういう顔をするだろう。信じることはあるまい。ゲートを見せてみろと言われても、今はもう、影も形もない。

「アキラくん、悪いことは言わん。意地を張らず、家に帰るんだ。家出は長引くと、よけい帰り難くなるもんだ。実は、おじさんも昔、家を飛び出したことがあってな…」と、昔話が始まった。どうやら、家出少年にされてしまったらしい。

 久世は、牧師の割に、あまり信心深くはないようだが、自分の人生観については自信を持っているようで、説教は小一時間続いた。

 アキラは、お茶をもう一杯飲み、礼を言って教会を出た。

 フクロウは、牧師のことについては、何も言わなかった。知らなかったのだと思う。もし、今日が、牧師が教会にやって来る日曜でなかったら…。下手をすれば、あのまま暗闇に一週間閉じ込められる可能性だってあったのだ。そう考えると、ぞっとした。

 これも、久世が手入れしているのだろう。教会の、前の敷地は、綺麗に草が刈られていて、一部は家庭菜園になっている。収穫を間近に控えた大根が、青々と葉を茂らせていた。

 なんだ、こりゃあ…。

 前の通りに出たアキラは、口をあんぐり開けて立ち尽くした。

 何もかもが、違い過ぎていた。

 武器も持たない人たちが、無防備で綺麗な格好をして、当たり前のように歩いている。輸送隊くらいでしか見られない自動車が引っ切り無しに通り、信号が稼働していた。アスファルトの道路は、まるで昨日敷かれたかのように綺麗で、草の一本も飛び出していない。

 日が暮れはじめていた。街灯にあかりが灯っている。

 冗談だろう?この道沿いにある全ての街灯に、電気が通っているのか?正気の沙汰じゃない。

 寝る場所を探そうかと、アキラの足は自然に街の方へ向いた。そっちへ行けば、ハイブがあるような気がしたのだ。街に近づけば近づくほど、世界は明るくなる。一晩中明るいのなら、眠る必要も無い気がした。

 街の中心部に近づくと、人ごみで、歩きにくいほど歩道が混んでいる。車道では、車が渋滞していた。

 こんなに人がいたのか。これが、ほとんどウィルスで死んでしまったんだからなぁ。

 逆に、これだけ人が密集しているのなら、ウィルスが広まるのも納得がいく。

 その大勢の人が、すれ違うたび、じろじろと自分のことを見ていることに気が付いた。

最初は、自分も見ているのだから、お互い様だと思ったが、そうではないらしい。

 服か…。

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