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 フクロウは、アキラの二の腕をゴムのチューブで縛り、静脈に注射を打った。

「何の注射だい?これは」

「毒だ」

「……」

 やれやれ。マジに天国へ行く可能性が高まってきやがった。

「ただし、すぐには死なん。個人差はあるが、効き始めるのは、だいたい一か月後だ。目が見えにくくなって、舌が痺れだしたら、もう、一日ともたん。そうなる前に仕事を終わらせ、ここに戻って来れば、解毒剤をくれてやる。こうでもしないと、向こうの世界へ行ったとたん、とんずらせんとも限らんからな」

「ずいぶん信用されてるんだな、俺は」

「あと、これを持って行け」。そう言ってフクロウが取り出したのは、黒い、鍵付きのアタッシュケースだった。「これが鍵だ。開けてみろ」

 持ち手の隣にある鍵穴に差し込んで回すと、パチンと音がして、蓋が1cmほど持ち上がった。

「なんだ、鍵なんてかけてあるから、どんな良い物が入っているのかと思ったら、紙切れでいっぱいじゃないか」

 アタッシュケースの中には、はち切れるほど一万円札が詰め込まれてあった。

「あっちの世界では、そいつが何より役に立つんだ。つべこべ言わずに持って行け。それと、これだ」

 フクロウは、一冊の黒い手帳を手渡した。拍子に『2006』と書いてある。パンデミックが起きた年のものだ。

「そこに、ターゲットの情報が書いてある。住所に電話番号、勤務先、行きつけの喫茶店、別れた妻の名前、云々、分かることは全て書いてあるが、いかんせん十年前の情報だ。今は変わっているかもしれん」

 ぺらぺらとページを繰って行く。数ページに渡って、様々な情報が詳しく記されている。

『黒田勇次郎。58歳。住所〒○○○―○○○○…』

 手帳の一番後ろのページに、写真が挟んであった。白衣を着た青年が映っている。黒い髪を七三で分け、ややふっくらした、如何にも善良そうな人物だ。写真は破かれていて、本来の半分以下のサイズしかない。隣にも、白衣を着た人物がいるようだが、右腕と肩しか写っていなかった。

「これは、二十年も前の写真だ。今は、ずっと老けていることだろう」

「こいつに恨みでも?」

「恨みはない。どちらかと言えば、妬みかな。何れにせよ、お前にそれを知る必要はない」

 手帳と写真を、アタッシュケースの中へしまい込んだ。荷物は、これだけだ。

「それでは、始める。そこから離れろ。間違っても、その円の中へ入ったりするなよ」

 見ると、床にチョークで半径3mほどの円が描かれてあった。

 フクロウが、ブレーカーの一つをバチンと入れると、部屋中の機械がブーンと唸り始めた。

 同時に、チョークの円の真上に、ピンポン玉大の黒い球体がぽっかりと現れた。機械の音が大きくなるに連れて、球体は少しずつ大きくなり、やがて、直径2mほどになった。

「これが門だ」

「門?」

「こちら側と向こう側をつなぐ門さ。球に見えるが、それはお前の感覚が、三次元までしか認識できないからだ。実際には、時間と多様性を含めた七つの次元にまたがっている。こいつをくぐれば、向こう側に行くことができるはずだ。見ていろ」と、フクロウは、黒板からチョークを一本取って、球体の中に投げ入れた。

 ブンと音を立てて、チョークは消えてしまった。

「なるほど…。これに入って、ミンチにならないって保証は?」

 アキラが言うと、フクロウはゲートに歩み寄り、ボロ布をまくって、骨と皮だけの腕を出した。ゲートの中に差し入れる。

 同じくブンと音がした。

「わっ!」と、アキラは腰が抜けるほど驚いた。「腕が伸びてるぞ、爺さん!」

 2mはある球体のちょうど反対側から、フクロウが差し入れた腕が、差し入れた分だけ飛び出していた。

「非生命体ならば、自由にゲートを行き来することができる。だが、生命体だと、話は別だ。ゲートを通るためには、一定の条件を満たす必要がある。私はその条件を満たしていないため、こうして弾かれるが、お前ならば、通り抜けることができるはずだ」

 引っこ抜くと、腕は元の長さに戻った。

「それが、俺の選ばれた理由だってのか?どうやって分かった。男前だったっていうのなら納得だが?」

「望遠鏡に細工をしてある。あれを通して適格者を見ると、半透明に見えるのだ」

「へぇ。便利なものがあるんだな」

 アキラは、ゲートに歩み寄った。アタッシュケースを持つ手に、じっとりと汗をかいている。

「当然のことだが、この装置は向こうの世界にはない。こちら側で電源を入れなければ、帰って来ることはできない。一週間に一度、日曜の午前0時に5分間だけ、ゲートを開く。依頼を達成したら、または何か問題が起きたら、来ればいい」

「わかった。日曜の午前0時だな」

 アタッシュケースの角がゲートに触れて、ブンと音がした。

「じゃ、行って来る」

 ゴクリと唾を飲み込んで、足を踏み出す。もう一度ブンと音がして、足が飲み込まれた。足に感覚はある。バランスを崩すこともない。ミンチになったわけではなさそうだ。

「そうだ」と、アキラは振り返った。「爺さん、名前は?何て呼んだらいい?」

「ストラス」

「すとらす?」

「地獄からやって来て、召喚した者に知識を授ける、フクロウの顔をした悪魔の名前だ。そして、この門の名は、ストラス・ゲート」

「ストラス・ゲートか…」

 アキラは言って、一息にそこをくぐった。

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