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鉄格子が嵌った窓。無骨で色気のない建物の造り。窓から外を見ると、周囲が高い塀で囲まれていることが分かった。塀の上は有刺鉄線が張られ、さらに、猟銃を持った男たちが絶えず巡回している。いくらヴェスパでも、ここを襲おうという気にはならないだろう。
「刑務所だったんだ。ここ」。マサトが言った。
彼は、毎日アキラの顔を見に来た。どうやら、よっぽど気に入られているらしい。
ハイブにいたとき感じた、クールな色男というイメージは、良くも悪くも払拭され、どちらかと言えば、ひょうきんな人だなと思うようになった。
「肩の弾丸は入ったままだが、そのままでも心配ないそうだ。俺にも二発ほど入ってるが、生活するのに支障はないよ。少なくとも、重いと思ったことはないね」
アキラは目覚めるまで二日もかかったらしい。その後、一週間ほど微熱が続いたが、目覚めて八日目には歩けるようになった。
その間、輸送隊は二度出動した。アキラは、鉄格子の嵌った窓越しに、その光景を見ていた。
早朝の、息が白くなる薄明りの中、塀と同じ高さの、無骨な鈍色の門が重い音を立てて開き、エンジン音と共にトラックが出て行く。その姿を、女や子供たちは、わざわざ外に出て、心配そうに見送るのだった。
ハイブの中を見て回っていいかと訊ねたところ、マサトが「俺と一緒ならな」と言うので、案内してもらうことになった。
ハイブの中は、元刑務所というだけあって、長い廊下の片側に、無数の狭い部屋が並んでいた。全てのドアには小さな覗き窓がついていて、そこにも鉄格子がはまっている。
「ここでは、全員に個室が与えられる。それでも、部屋が余って仕方がない。仮に、生まれたばかりの赤ん坊にまで一部屋ずつ与えたって、全体の半分も埋まらないんだ」
輸送隊の人数は60人ほど。その家族や恋人の数を併せても、200人を少し超えるくらいだ。平均年齢は、ノイサンハイブに比べて、ずっと若い。輸送隊メンバーのほとんどが二十代だった。住人の半分近くが子供たちで、廊下でも、走り回る姿がよく見られた。
「活気のあるハイブだね」
「おかげさまでね、物資は十分な量が集まるから、子供たちにも、十分な量を食べさせられている。お前がいたハイブの子供たちより、ずっと血色がいいだろ?」
マサトは、人の気に障ることでも、ずけずけというところがあった。代わりに、少しくらい嫌なことを言われたって、気にも留めない。そういうところが、彼がリーダーに選ばれた所以なのかもしれない。
小さなお尻を出した二歳くらいの子供が、テケテケと飛び出して来たかと思うと、その父親らしい男が、オムツを持って追いかけて来た。
男は、子供を腕に抱え上げて、マサトとアキラに気が付いた。
ヒザキやスーコと同じくらい、たぶん二十歳くらいの若い男だ。背はアキラより低いが、がっしりとした体格をしている。
「あ、隊長。おはようっス。あ、この人スね?例の…」。アキラを見て、「ども、はじめまして。隊長から、話は聞いてるっス。ヴェスパにたった二人で殴り込んだって本当っスか?」
子供を抱えたのと反対の手を出して、握手を求めてきたので、アキラは握り返した。なんだか、馴れ馴れしい奴だなと思う。
「まぁね」
「命知らずっスね。すげぇなぁ。尊敬しちゃうなぁ」
男は、四角い顔で何度も肯いて、アキラを褒めた。
人の良さそうな奴だ。悪気はないのだろうが、気分が落ち込んだので、アキラは相手に悟られないように、小さく溜め息をついた。
それから二人は、中庭を散歩し、ぐるりと回って、正門のところまで来た。輸送隊が出動するとき、トラックが出て行く、あの門だ。かつては電動式であったらしいが、今は、片側を数人がかりで開け閉めしている。脇には、通用門があるが、これも、かなり頑丈な造りになっていた。
輸送隊が出動しない日は暇らしく、人懐っこい若者たちが、何人も話しかけて来た。そのたび、アキラはまるで英雄のように扱われ、一々笑顔を作らなければならないのが面倒だった。
空は、重たいねずみ色だ。風は冷たく、雪でも降り出しそうである。
「もうすぐ十二月だなぁ」。マサトが言った。「寒くなって作物が獲れなくなると、ワスプ化するハイブも出てくる。満足な装備もなく、他所のハイブを襲ったり、俺たちが運ぶ物資を狙って来る奴らが出てくる。そういう奴らを撃ち殺すときには、正直、気が滅入るよ。奴らも、やりたくてやってるわけじゃない。殺されるのが分かってるんだ。誰がやりたいもんか。だけど、自分たちのハイブには飢えた嫁やガキがいて、このままじゃ死んじまうから、仕方なくやってんだ」。マサトは両手をポケットに突っ込み、棒立ちになって、自分が吐く白い息を見ていた。「見ての通り、俺たちはまだ、裕福に暮らしている。町中のハイブで、餓死者がバタバタ出ている中で、俺たちだけは食う物が足りている。自分勝手だと思うか?自分勝手で何が悪い。他人のことなんて考えられない時代だ。誰かを犠牲にしてでも、生きていかなければならないんだ」
アキラは答えなかった。ノイサンハイブのことを思い出した。確かに、飢えるまではいかなくても、冬は厳しい季節だ。




