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ここに来て、どれだけ時間が経ったか分からない。おそらく、もう真夜中だ。
「ボスが帰って来たぞ!」
その声に、あれほど騒がしかったフロアが、いっぺんに静まりかえった。音楽は止まり、皆、一様に口を閉じ、立ち上がって踵を揃えた。発電機のエンジン音だけが、低くうなり続けている。泥酔していた者までが、千鳥足で慌てて立ち上がり、真剣な表情で〝気を付け〟していた。ズボンを履く暇もなく、立ち上がった奴までいる。
やがて、ユイたちが入って来たのとは真逆の通路から、誰か入って来た気配がした。だが、ユイはまだソファに座ったままで、人に阻まれてその姿は見えない。
「ユイは来ているかい?」。極めて穏やかに、ボスは訊ねた。高い、子供のような声だ。
「はい!ここに」。緊張のこもった声で、包帯の男が答えた。
ユイとボスの間にいた者たちが、慌てて左右に分かれる。二人の間に、一本の道ができた。投光器の光が、その道をまだらに照らしている。
ユイは目を疑った。こんな荒くれ者たちを束ねているのだから、どんな強面が出て来るかと思えば、意外に若い。いや、若すぎる。せいぜい、自分やアキラと同じくらいにしか見えない。おまけに、華奢で小柄で、まるで女の子のようだ。色白で、茶色というより、金髪に近い色の細い髪。染めた色ではない。生まれつき色素が薄い体質なのかもしれない。全体的に淡い色合いの人物。この暗いアジトの中心で、まるで、そこだけ光に照らされているような…。汚れひとつない、真っ白なシャツを着ていた。まさに、想像とは正反対の人物が出て来たという印象だった。パンデミック前ならともかく、今の世の中、何処にいても生きて行けそうにないように見える。
「立つんだ」。包帯の男が言った。
「いいよ。僕がそっちに行くから」と、ボスと呼ばれた少年は、絨毯の上を、悠々と歩いて来た。
ユイは、震える手を、もう一方の手で掴んで抑えた。
何故だろう。怖くてたまらない。
少年が一歩踏み出すたびに、ユイの恐怖が倍々に増していくような気がした。こんな華奢な少年だ。単純な腕力なら、ひょっとしたらユイの方が強いかもしれない。
なのに、怖くてたまらない。理屈ではなく、本能がこの人物を拒否しているようであった。
少年が手を出したので、ユイは、そこに手を重ねた。恐ろしかったが、そうせずには、いられなかった。そうしなければ、殺されるより、もっと酷い目に合わされるような気がした。見た通りの華奢な手だ。華奢で冷たく、骨ばっている。 少年が手を握った瞬間、手ではなく、魂を握られたような気がした。
「会いたかったよ、ユイ」
誰?
「やっと君を見つけることができた。やっぱり、生きていたんだね」
そう言って少年は、一筋涙を流した。
誰?アタシは、こんな人、知らない。
ここに連れて来られる途中、男の一人が言っていたことを思い出した。
『わざわざ写真を回して、町中のハイブに捜索をかけるとは、たいした熱の入れようだ』
写真?
続いて、アキラが持って来た写真を思い出した。
セーラー服を着た、私とよく似た子の写真…。
「人違いよ」。震える声で、なんとか、そう絞り出した。
少年の眼差しが、凍りつくように冷えていく。
「ねぇ、ボス。新入りなら、まず、私たちに紹介してちょうだいよ」。横槍を入れて来たのは、カリナという、あの女だった。まるで二つの人格を持つような気味の悪い女だったが、今出ているのは、そのどちらとも違う。猫なで声を使いながら、「この子も、ボス専用の愛人になるんでしょ?だったら、私たちの妹のようなものじゃない。紹介してくれなきゃ、嫌よ。だって、私、この子となら、素敵なオトモダチになれそうだもの」
少年は再び優しい顔つきに戻って、カリナに言った。
「そうじゃないんだ、カリナ。ユイは、君たちの妹になんかならない」
「そうなのぉ?」。そして、勝ち誇ったような笑みをユイに向けてよこし、「カリナ、残念だなぁ…」
「ユイが見つかったからには、もう君たちは必要ないんだ」。カリナの顔から、サーッと血の気が引いていく。「おーい、誰か。こいつを処分しておいてくれないか?」。まるで、もう、どうにも直らない壊れた玩具でも捨てるように…。
「嫌!嫌ぁ!見捨てないで!ね、ボス、冗談でしょ?大好きなの!愛してるの!助けてぇ!」
少年にすがりつこうとしたカリナを、男たちが数人がかりで捕まえた。そしてそのまま、半狂乱で暴れ続ける彼女を引っ張って、通路の闇の向こうへ消えて行った。
「ごめん、邪魔が入ったね」と、少年はユイに向き直った。「確かに、君は知らないだろうけど、君は僕のユイに間違いないんだ。僕はビトウタクミ。タクミって呼んでくれると嬉しいな。昔みたいに」




