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アキラは、マミヤの部屋にやって来た。
まだ暗いが、マミヤは既に起きていたようで、ノックして名を名乗ると、「入れ」の声が聞こえた。
机とベッドがあるだけの、殺風景な部屋だ。広さも三畳ほどしかない。
部屋に入ると、回転椅子を軋ませて、マミヤがこちらを向いた。読み物でもしていたのだろう。顔にかけてあった老眼鏡を外して、机の上に置いた。
「こんな時間にどうした?何か分かったのか?」
はやる気持ちを抑えて、アキラは慎重に言葉を選んだ。
「やはり、ゴロウさんはワスプのスパイじゃなかった。だが、奴らと取引するつもりだ。ユイを差し出せば、ワスプがこのハイブを襲うことはないと…」
「ユイを?」
「ワスプのボスがユイを気に入ったと、そういうことかもしれない。ゴロウさんとユイは、昨日の夕方から姿を消していて、たぶん、取引に向かったんだと思う」
マミヤは白い顎鬚を撫でながら、首を傾げた。
「訳が分からないな。確かな話なのか?」
「俺だって、分からない!でも、ショウゴと商人の男が吐いたんだ。話にも、状況にも全て辻褄が合ってる。口裏を合わせているとも思えない」
アキラは、ポケットから写真を取り出し、マミヤの前に突き付けた。
「これは?」
「商人の男が持っていた写真です。たぶん、あちこちのハイブでこれを見せて、似た女がいないか探していたんだ」
マミヤは写真を受け取って、
「確かに、ユイに似ている。…いや、そのものという外ない。しかし、これは…」
「ああ。パンデミック前の写真だ。同一人物ということはあり得ない。しかし、本人であろうが、なかろうが、ゴロウさんは、ユイで取引をするつもりだ。本人を探していて、やっぱり別人でしたで済む話じゃない。ゴロウさんは、そんなに抜けていない。あの人がユイで取引するということは、ユイで取引が成り立つということなんだ!」
アキラの真剣な表情を見て、ようやくマミヤが首を縦に振った。
「分かった。信じよう。一度役員を集めて…」
「待ってくれ!」アキラが言葉を遮った。「その前に、あんたの意見を聞きたい。俺は、ユイを助け出しに行くから、手を貸してくれと言ってるんだ。奴らのアジトへ、みんながかりで攻め込んで、ユイを助け出そうって言ってるんだ。同じワスプと戦うのでも、こちらが攻め込むわけだから、ハイブの利点は生かせない。相手は、武器も人数も未知のワスプ。どれだけ被害がでるのか分からない」
そこで、アキラは、いったん言葉を切った。
マミヤは、厳しい目つきでこちらを睨んでいた。それ以上喋るなと言っているようだった。
熱風のような威圧感に晒されながら、それでも引き下がるわけにはいかなかった。
アキラは続けた。
「一方、ユイを見殺しにすれば、攻め込まれることもなく、今まで通りの平穏な生活を続けられる。たった一人の犠牲で、ハイブの安全を買えるんだ。俺の要求が通ると思いますか?」
マミヤは、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「…通らないだろうな。第一、俺が通さん」
「そうだと思った。…なら、せめて、俺が一人で助けに行くことを許してください。それがハイブに迷惑をかけることになると言うんなら、今すぐここを追放してくれ!」
アキラの剣幕など軽く受け流すように、マミヤはゆっくりと椅子に深く背を預け、自分のへその辺りを見た。
「本気なのか?無事生き延びたとしても放浪者だ。明日生きるとも分からない生活だ。これから季節は冬に向かう。寒さに凍えるぞ」
「ユイを失うよりは…」
沈黙が流れた。マミヤは目を細めてアキラを見た。
「分かった。みんなには、俺から話しておく」。低い、しかし優しい声だった。
「よろしく、言っておいてください」そう言うと、アキラは踵を返した。
「死ぬなよ」
背中にマミヤの声が響いた。
アキラは答えず、部屋を出た。




