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階段を五階まで駆け上がり、子供部屋のドアを開いた。ライターを取って、棚の上のランプに火をつけると、部屋一面に敷き詰められた布団の上に、重なり合うようにして眠る10人の子供の姿があった。
ユイの姿は、ない。
子供たちの中に、最年長、9歳のヒカリを見つけ、夢中で揺り起こした。
「ヒカリ、ヒカリ!」
目をこすりながら、ヒカリが体を起こす。
「…アキラ兄ちゃん。どうしたの?こんな時間に」
「ユイは?ユイは、何処だ?!」
「え?」と言って、ヒカリは周囲を見る。「あれ?おかしいなぁ。夜には戻るって言ってたのに」
「だから、何処へ行ったんだ?!」
「詳しいことは知らないの。ただ、大切な用ができたって」
「夕食にも、戻らなかったのか?」
「うん…。あ、そうか。昨夜、アキラ兄ちゃん、いなかったもんね。それで、夕食が終わっても戻って来ないから、アタシがみんなを寝かしたんだよ」。ヒカリは、「すごいでしょ」と胸を張った。
「何処かに行くって、言ってなかったか?」
「アタシには、何も…。でも、心配することはないよ。ゴロちゃんが一緒だから」
叫び出したい気分だった。
子供部屋を飛び出して、今度はゴロウの部屋へ向かった。
窓の外はうっすらと青く、夜が明けようとしていた。
ゴロウの部屋は四階にある。経理を全て任されているゴロウは、仕事部屋を与えられていて、寝起きもそこでしていた。商人や輸送隊たちと日常的に接し、ウィルスの感染が疑われる自分と同じ部屋は、他の者が嫌がるだろうという、ゴロウなりの気遣いでもあった。
ドアに鍵はかかっていなかった。散らかった机と、手書きの書類がいっぱいに詰め込まれた書棚。ベッドを置くスペースはなく、地べたに布団と毛布が畳んで置いてあった。
ゴロウの姿はない。
ずっと震えていた膝が、とうとう力を失い、アキラは床に崩れ落ちた。
ユイが…、ワスプに連れて行かれた。
ゴロウは、どうして、こんなことを…。分かっている。ゴロウは知っていたのだ。今のワスプは強大な力を備えていて、自分たちのような弱小ハイブでは太刀打ちできないことを。このままでは、ナインスの二の舞。皆殺しにされかねないことを。
考えてみれば、ナインスも小さなハイブではなかった。少なくとも、うちよりは大きかったはずだ。それが、あっさり攻め落とされてしまったのだ。うちも、そうなると考えた方が、自然かもしれない。
ユイの身と引き換えに、ハイブが救えるというのは、言ってみれば、タナボタ的条件だ。写真の少女はユイではない。他人の空似というには、あまりにも似すぎているが、ユイのはずはない。もしかしたら、ハイブのボスは、パンデミックのときに行き別れた娘だか恋人だかの姿を、ユイに見ているのかもしれない。とにかく、破格の好条件だった。
だが、ゴロウはハイブや他の者に了承を得ることはできなかったのだろう。ユイをワスプに引き渡すことを、アキラや子供たちは絶対に許さないだろう。スーコだって、許さない。それに、ハイブ全体を救うために、住人の一人を犠牲にしたという事実は、他の住人の心と、ハイブの未来に暗い影を落とすに違いない。つまり、ゴロウは、その罪も含めて、一人で全部かぶろうというのだ。
ユイだけじゃない。ゴロウもまた、戻らないつもりだ。ゴロウと親しかったアキラには、それが、確信できた。




