↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/163

22

 その足で、アキラは医務室を訪れた。

 医務室には、暗いランプの光で棚の薬品を整理しているマッチャンと、ベッドの上で、添え木で挟んで包帯を巻いた両脚を、天井から吊るしているナマズ髭の姿があった。

「どうしたんだい?アキラ。こんな時間に」

「こんな時間までご苦労さんだね、マッチャン。こいつと二人で話したいんだ。悪いけど、席を外してもらってもいいかな?」

 夜中に突然訪ねて来て、話をさせろとは、ただ事ではない。マッチャンは迷ったようだが、

「いいけどさ…。一応、私の患者だからね。あんまり手荒なことはするんじゃないよ」

「ああ…。約束する」

 マッチャンは、アキラとナマズ髭を残して、医務室を出て行った。

 ナマズ髭は、じっとりとアキラを眺め、「なぁ、兄ちゃん、煙草持ってねぇか?ヤニ切れで死にそうだぜ。それに、あの犬の餌はなんだよ。ここのハイブの連中は、あんなもん食ってんのか?」

 アキラは、天井から布で吊るしてある両脚のうち、一方を蹴飛ばした。布の中で脚が跳ねあがり、元の場所に着地する。

 ナマズ髭は、声にならない叫び声を上げた。

「な、何しやがんだ、コノヤロ…」と、怒鳴り散らす男の顎を掴んで、力任せに頭をベッドの上に押し付けた。

「おめでたい奴だな。本当に手荒なことをしないとでも?だが、俺はまだ、優しい方だ。もう少しすると、ヒザキたちが来る。昨日のショウゴを見ていただろう?あんな風になりたくなかったら、大人しく知ってることを喋るんだな」

「ショ、ショウゴはどうなったんだ?」

「死んだよ。血反吐が止まらなかった。のたうち回って、自分の舌を喉に詰まらせて、死んだ」

 ナマズ髭は、ガチガチと歯を鳴らし始めた。

「俺たちハイブの者が、ワスプより優しいと思うなよ。俺たちだって、生きるのに必死なんだ。自分が生きるためなら、他人の命なんて、物の数でもない。ましてや、お前らは部外者だ。殺すのに、何の抵抗もない。せいぜい、死体を片付けるのが面倒なくらいだ」

「わ、分かった!話す!話すが、一つ約束してくれ」

「何だ」

「お、俺に護衛をつけてくれ。そうしないと、殺される」

「心配するな。いくらワスプでも、そんな簡単にハイブの中へは入って来られないさ」

「ワスプじゃない。あの男だ。いつも、取引に出て来る、髭の男だよ。ゴロウとか呼ばれている、あの男だ」

「ゴロウさんが?!おい、いい加減なことを言うな!」

「う、嘘じゃない。あいつ、俺がここに運ばれて来てから、何度となく、ここに来ては釘を刺して行くんだ。『余計なことを喋ると命はないぞ』ってな!」

 アキラは思案した。あのゴロウがそんなことを?にわかに、信じがたい。しかし、マミヤが言っていたこともある。リュウザキの人間が、この男を介してワスプと通じていたとしたら、このハイブに通じている者がいてもおかしくない。そして、その可能性が最も高いのはゴロウだ。

「ゴ、ゴロウさんは、ワスプと通じているのか?」

 単刀直入に訊いた。自分が恐ろしいことを言っているようで、語尾が少し震えた。

「いいや。あいつほどの人材だ。俺たちも仲間に欲しいところだが、あの堅物をこちら側に引き込むのは、そう簡単じゃない」

 アキラは、胸を撫で下ろした。だが、ナマズ髭は続けて、こう言った。

「取引は、今回が初めてだ」

「取引…だと?ショウゴは、取引次第では、ワスプの襲撃を免れると言っていた。その取引か?」

「そうだ。もう終わったはずだがな」

「なんだと?!取引があったのか?!」

「ああ。お前が俺を捕まえたせいで、段取りが狂ったんだ。拷問を受けて、俺が喋ったりしたら、取引に支障が出る。良かったな。ハイブは危機を免れた。もっとも、ボスが約束を守ればの話だけどな。だが、ボスにとっても、こんな弱小ハイブを襲って得はない」

 なんてことだ。ゴロウは、このハイブを助けるため、誰にも相談一つせず、たった一人でワスプとの交渉に出かけたと言うのか。

ヒザキは正しかった。やはり、ゴロウは信頼の置ける人物だった。ほんの少しでも疑ってしまった自分を、アキラは強く恥じた。

 しかし、ハイブを救うほど価値のある何かは、それが燃料であったとしても、食料であったとしても、ゴロウ一人で持ち運びできる量ではない。輸送隊よろしく、トラックでも使ったか?いいや。このハイブにトラックなんて物はないし、使えばエンジン音で自分たちに気付かれないはずがない。つまり、取引の材料はゴロウが体一つで運べる物なのだ。

 まさか…。いや、しかし、そうとしか考えられない。

「ゴロウさんは、自分と引き換えに?!」

 確かに、ゴロウほどの人材ならば、引き換えにハイブを一つ見逃して、余りある利益だろう。しかし、ナマズ髭は首を横に振った。

「それなら、まだ納得できるんだけどよ。ボスの考えることは、分からねぇ」。本当に理解に苦しむといった風に、ボリボリと頭を掻いた。「女だよ。俺の鞄に写真が入っていただろう?」

 背中の毛が、下から順番に逆立っていくのが分かった。

 アキラの脳裏に、昨日見た写真が蘇った。高校の入学式の写真。パンデミック前の写真で、セーラー服を着た少女は明らかに別人ではあるが、見た目はまるで…、

「ユイ!」

 アキラは、ランプも持たずに医務室を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。