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 好き放題に殴りつけられたショウゴは、床に突っ伏し、血の混じった嘔吐物が床に水溜りを作っていた。スーコの拳は、返り血で赤く染まっていた。もし、途中でマッチャンが戻って来ていたら、三人は永久に医務室へ出入り禁止を食らっただろう。

 ショウゴは電気コードで両手を後ろに縛られ、引きずられるようにして会議室へ連れて行かれた。スーコが放り出すと、力なく床に転がった。

 やがて、五十代組が一人ずつ集まり、最後にマミヤがやって来た。

「ワスプを一匹捕まえたぜ」。ヒザキが言った。

「確かなんだな?」

 マミヤは、ショウゴの悲惨な姿を見て、顔をしかめた。

「医務室で、商人と話しているところを、本人の口からそう聞いた」

「正確には、元ワスプだそうです」。アキラが口を挟んだ。

「同じことだ。ハイブを襲って罪もない人を殺すような奴だ」。ヒザキが言った。

「どちらでもいい」。マミヤが言った。「意識はあるのか?」

 スーコが、ショウゴの髪を掴んで顔を上げさせた。何発も繰り返し殴られた顔が、熱を持って腫れ上がっていた。所々切れて血が流れ、歯も何本か折れている。小さく呻いたが、話をできる状態ではないらしい。

「起こしてやろうか?」

 スーコが言ったが、マミヤが手をかざして止めた。

「もういい。やめてやれ。しかし、スーコを簡単に人質にとるような奴だ。医務室で手当てを受けさせるわけにもいかん。一先ず、反省牢に放り込んでおけ」

 反省牢は、ハイブの一階にある鉄製の頑丈な檻で、南京錠がかかっていた。滅多に使われることはないが、頻繁にケンカをしたりする手の付けられない暴れん坊が、ここに放り込まれたりする。一階の窓は全てバリケードで覆われているために暗く、ネズミが何十匹も住んでいた。

 スーコが、ショウゴを肩に担ぎあげ、階段を下りた。もう、反撃する力が残っていないことは明らかだったが、アキラとヒザキも共に一階へ行き、反省牢にショウゴを放り込んで南京錠をかけた。結局ショウゴは、反撃どころか、一言も発することがないまま、檻の中に転がった。


 一階から戻って来ると、既に夕食の時間は終わっていた。

 アキラは、ヒザキ、スーコと共にホールで食卓を囲んだ。

「あいつ、最初から怪しいと思ってたんだ。やたらとケンカを吹っ掛けてくるしよぉ」

 スーコが、飯を口に運びながら世間話でもするように言った。

 アキラは、食事が喉を通らなかった。ノゾミの死以降、それまで平和だったハイブに、血なまぐさい出来事が続いている。早く、何もない元の生活に戻りたかった。だが、今のところ、それは望むべくもなく、ひょっとしたら、このまま坂を転げ落ちた先には、破滅という名の谷が口を開けているんじゃないかという予感まであった。

「だまれ、スーコ」

 ヒザキも、同じ思いだったようだ。たとえワスプでも、一度は寝食を共にした仲間だ。痛めつけて良い気分であるはずがない。

 部屋に戻ったが、まったく眠れる気がしなかった。二段ベッドの下の段で、シーツの無い布団の上に転がって、アキラは両手を枕に考え事をしていた。ショウゴの言ったことが頭から離れなかった。

『今のワスプは、かつてのそれとは規模も性質も大きく違う。狙われれば、いくら防御を固めたって無駄だ』

 苦し紛れの出まかせかもしれない。だが、本当にワスプが、手の付けられないほど強大な力を持っていたとしたら…。

 ナインスの二の舞になりかねない。

 背筋がスーッと寒くなった。

『俺の言うことを聞け!』

 ショウゴはそう言った。対策を立てられるということなのか?

 上のベッドに気配はない。毎夜、そこで眠っていたショウゴは今、一階の牢にいる。いたたまれない気持ちになって、アキラはベッドを抜け出した。部屋には、他の連中がもう5人ほどいた。たいていは眠っていて、気付かなかっただろう。また、気付いたとしても、また子供部屋にユイを訪ねて行くのだとでも思っただろう。

 ハイブの廊下は、もうすっかり暗くなっていた。廃油のランプ(ガラスのコップと針金、アルミホイルなどを組み合わせた簡単なもの)を片手に階段を下り、途中、ホールでコップに水差しで水を汲み、それを持って一階に下りた。時刻はもう、午前2時。屋上と地上に二人ずついる四人の見張り以外、起きている者はいない。

 夜の一階は、すさまじく不気味だった。コンクリートの階段を一歩ずつ身長に下りて行くと、暗闇を小さな物が走った。悲鳴を上げそうになるところを、辛うじて飲み込む。ネズミだろう。…多分。さらに歩を進めると、ランプの光で、ボゥッと檻の姿が見えてきた。

 ショウゴが…、いない?!

 いや、檻の隅でボロ布のようにまるくなっているのが、それらしい。

 恐る恐る、声をかけてみる。

「おい、ショウゴ。生きてるか?」。ボロ布の間に、目玉が現れた。血走っている。傷を負って、体の回復を待つ獣のようだ。「ほら、飲め」

 檻の隙間からコップを差し入れると、震える手で取って口に運んだ。それを飲もうとするのだが、なかなか上手くいかず、ボタボタと零れては地面を濡らした。口が腫れて、おまけに前歯が折れているのだ。無理もない。飲んだら飲んだで、口の中の傷口に酷く沁みているはずだ。

「すまなかったな」。そう言わずにはいられなかった。

 ショウゴはかぶりを振った。

「トーゼンだ。ワスプ…、なんだから」。喋り難そうにそう言って、アキラを見た。「このままじゃ、みんな…、死ぬ」

 こんな状態なのに、恨み言一つ言わず、ハイブのことを心配しているショウゴが、悪い人間だとは思えなかった。

「そうだ。それを聞きに来た。ワスプから、ハイブを守る方法があるのか?」

「俺にも…、分からない。ジョーン、尋問…、しろ」

「ジョ…?」

「ちがう。ジョウ…。髭の男、医務室…」

「ああ、商人か。尋問?あいつが、何か知っているのか?」

「わからん…。だが、訊くんだ。それしか…、方法はない」

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