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縄梯子を下ってハイブから出ると、ナマズ髭は昼間と同じ格好で電柱に縛り付けられていた。その前で、ヒザキとスーコがたき火をしていた。
だいぶ手ひどくやられたようだ。虚ろな目でぐったりとしている。顔は別人のように腫れあがり、口からは血が垂れていた。
死んだノゾミと、ハイブのためとは言え、自分たちがやったことだ。アキラは胸が痛んだ。
「どうだ?」
「しぶといヤローだ。まだ生きてやがる」。ヒザキが答えた。
「殺すのが目的じゃない。しばらく、俺が代わるよ」
アキラが諭すと、ヒザキとスーコはたき火を離れた。まだ、食事をとっていないはずだ。
二人が縄梯子を登りきるのを見届けて、アキラは声をかけた。
「仲間を殺したのはお互い様だ。あんたを許すことはできないが、俺は、あんたを殺したくない。質問にさえ答えれば、その脚をなんとかしてやる。いいか?骨折の後は熱が出る。おまけに、こんな寒空の下に放置されたら、一晩でくたばるぞ。そうなりたくなかったら、答えろ。お前ら、ワスプなのか?」
ナマズ髭は少しだけ顔を上げた。そうするだけで辛そうだ。揺れる炎がその顔を照らし、周囲の影を、不気味に踊らせた。
「俺は…、違う。ただの商人だよ」
「俺は?それじゃあ、他の三人は?」
「死んだ男。拳銃を持っていた男。あいつは、ハイブの人間だ」
「ハイブ?何処の?」
「リュウザキだ」
リュウザキ…。聞いたことがある。確か、この辺りで一番大きいハイブだ。
「残りの二人は?」
「ワスプさ」
やはり…。
男は続ける。
「お前ら、ワスプを殺したんだ。しかも、一人は逃がしたな。やったのが、このハイブの奴だってのは、もう割れてる。奴らが報復に来るぞ。か、覚悟しておくんだな。あいつらは、他のワスプとは違う。女子供でも容赦しない。ナインスみたいになるぞ。皆殺しにされるぞ。ざ、ざまぁ…」
それだけ言って、男はぐったりと項垂れた。気を失ったらしい。
報復…。その可能性は予想の範囲内であった。どの道、ハイブで暮らす以上、ワスプとの戦いは避けて通れない。そのための見張り、バリケードである。
まだまだ訊きたいことはあったが、この様子では、次にせざるを得ない。
アキラは、男を縛ってある電気コードに手をかけた。解いてやろうというのだ。
約束したのだ。喋った以上、命を助けてやらねばなるまい。医務室へ運べば、少なくとも、今晩中に死ぬことはないだろう。
ふいに気配を感じて、アキラは暗闇に目を向けた。
暗闇の向こうに、それはいた。
フクロウ。いや、フクロウを模した仮面をかぶった人間。首から下は、黒っぽいものを纏っているので、闇の中にある。白い仮面だけが、炎の灯で浮き上がって見えた。
ワスプか?!
そう思うが早いか、アキラは銃を構えていた。仮面の中心に狙いを定めたのは、首から下があるかどうか自信が無かったからだ。オバケの存在を信じるほどガキではないが、それは、それほどまでに、異様な出で立ちをしていた。
フクロウの目の部分は覗き穴になっているようだが、その奥の目玉は、暗くて確認できない。
縄梯子のあるところまで30mと少し。逃げるべきか。いや、梯子を登る隙を突かれて殺されるのがオチだ。屋上の見張りは、気付いているだろうか。
たき火の灯と暗闇の境界を挟んで、アキラとフクロウは対峙した。時間が、止まってしまうんじゃないかと思うほど、ゆっくり流れていた。
「お前を探していた」。フクロウが言った。低い声だ。掠れた老人のような声だ。「もし、私の頼みを聞くのなら、どんな物でもくれてやろう。どうだ?取引しないか?」
オバケと取引なんて…。
「まっぴらだね」。なんとか声が出た。幻と喋っているようで、妙な気分だった。
「ようく考えることだ。何でも手に入る。死んだ者にも、また会える。会いたい者がいるだろう。身を焼くほどに、会いたかろう」
やはり、人だ。
声を聞くうちに、頭が冷めてきたのか、そう確信するようになった。気の触れた放浪者かもしれない。
「うるさい!消えろ!」
アキラが怒鳴ると、フクロウの面は、スーッと闇に溶けていった。そうして完全に見えなくなっても、アキラは銃口を闇に向け続けた。
やがて、ヒザキたちが戻って来て、銃を下ろさせるまで、アキラはずっとそうしていた。




