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 ナマズ髭は医務室に運ばれた。医務室には、パイプベッドが三基ある。鍵付きの薬棚には、発掘で集められてきた、様々な薬品が置かれてあった。マッチャンという五十過ぎのおばさんは、元看護婦で唯一満足な医療行為ができる住人として重宝されていた。とはいえ、たった一人である。怪我人や病人が出れば、一人で夜を通して看病することになる。

 一度、助手を作ろうということになり、男性陣の熱烈な推薦から、ミサキが選ばれたことがあったが、そうすると、仮病やちょっとしたことで医務室を訪れる者が後を絶たなくなったので、現在、助手はいない。

「両脚の骨折以外は、たいしたことない。歩けるようになるのは、ずっと先になりそうだけど、命の心配はしなくてよさそうよ」。薬が効いたようで、ナマズ髭は、今はスース―寝息を立てている。しかし、マッチャンの機嫌は悪い。「やったのは、ヒザキにスーコ、アキラ、あんたら三人だって聞いたけど、本当?」

 ヒザキとスーコはうつむいた。マッチャンには、誰もが一度は世話になったことがある。このハイブに住む者は、たとえマミヤでも頭が上がらない。

「私も医療従事者の端くれだから、言わせてもらうけどね。痛めつけるにしても、限度があるってことを、よく覚えておきな。いいかい?命の尊さを知らない者に、生きる権利はないんだよ。そんな奴は、例え大けがを負って担ぎ込まれてきても、助けてなんかやるもんか」

 説教が長くなりそうだったので、三人は、早々に医務室を退散した。その足で4階のマミヤの部屋へ向かう。ナマズ髭から訊き出したことを報告するためだ。

「四人のうち二人は、やはりワスプでした」

 アキラが言うと、飴色をした木製の重厚な机の向こうで、マミヤは眉間の皺を、より深くして肯いた。

 マミヤの部屋は、このビルがまだ会社として機能していた頃の社長室であった部屋を、そのまま使用している。入口の所には、簡単な応接セットが置かれ、壁には絵具を塗りたくったような、わけのわからない絵が掛けてあった。

「やはりな。しかも、逃げた二人のうち一人が商人じゃ、うちの者の仕業だということが筒抜けというわけか。このハイブが襲撃を受けるのは、時間の問題と見ておいた方が良いな」

「俺たちのせいで、こんなことになって…」。アキラは、俯いて言った。

「いいや。よくやってくれた。もし、あの商人を捕まえていなかったら、果たしてどうなっていたことか。これで、とりあえず、対策を立てることはできる。それに、ナインスがやられたときから、こういう日が来ることは覚悟していた」

 保守的が過ぎることから、若者の中にはマミヤに反抗する者も多い。だが、紛れもなく、彼は有能な指導者であった。特に、公正な判断を下すことには、定評がある。

「それより、リュウザキハイブの奴とワスプが一緒にいたのは、どういうことだ?」

 そう言ったヒザキは、ソファに浅く腰をかけて前に屈み、指を組んでいる。隣のスーコは、逆にふんぞり返っていた。

 マミヤは便宜上、ハイブの指導者という立場にある。五十代組を集めて、規則を作ったり、ときには、ヒザキにしたように、罰則を与えることもあるが、彼に対して特別な敬意を払わなければならないという決まりはない。これは、ウィルスから生き延びた者たちが自然に集まって住み始めたというハイブの成り立ちに起因するもので、組織というよりは、共同生活という側面が強いためである。

 ヒザキなどは、もともとマミヤが気に入らないもので、意識して失礼な言動をとることも多いが、マミヤも、そのあたりについて、咎めることはしなかった。

「リュウザキとワスプが組んだってことか?300人はいるハイブだ。あれがみんなワスプになって、周辺のハイブを侵略し始めたら、もう、止めようがないぜ?」

「そう考えるのは、いくらなんでも早計だ」。マミヤが否定した。「リュウザキは大きいが、それだけに、様々な意見を持つ者たちが集まっている。そして、ウィルスへの感染を何処より恐れている。それに、人数が多い分、比較的裕福なハイブでもある。うちのような弱小ハイブならいざ知らず、リュウザキがわざわざ感染の危険を冒してまで、ワスプなんかと組むとは考え難い。おそらく、その拳銃を持っていた男が、ハイブに黙って個人的にワスプと取引していたと考えるべきだろうな」

 なるほど。筋が通っている。

 ヒザキは返事をしなかったが、マミヤの言うことに納得はしたようだった。マミヤは続けた。

「そこに、あの商人がいたということは、奴がリュウザキにも出入りしていた可能性が高い。リュウザキ初め、他のハイブでも、外部と取引するのは、できるだけ少ない人数であるはずだ。その男が全権を任されていたか、せいぜいもう一人いるくらいだろうな。これは俺の仮説だが、拳銃を持っていた男はリュウザキの取引担当の男で、商人がワスプと奴の仲を取り持ったとしたら、全て辻褄が合うとは思わないか?」

 なるほど、と、アキラはもう一度肯いた。

 いや、待てよ。と、いうことは…。

「バカバカしい!」と、ヒザキが立ち上がった。「全部、憶測じゃないかよ!仮に、そうだとしても、うちで同じことをやっていたとは限らないだろう!」

「興奮するな。仮説だと言ったろう」

「あんた、そうやって、気に入らない奴には言い掛かりつけて、追い出そうって腹なんだろう!」

 スーコは、二人が何のことを言い合っているのか分からず、きょとんとした顔でヒザキとマミヤの顔を見比べた。

 アキラも、今回はヒザキに加勢する。

「俺も、そう思います。ゴロウさんが、ワスプなんかと繋がるはずがない」

「もちろん、そうであって欲しい。だが、今の段階では疑わざるを得ない。本来、うちの防衛能力はワスプごときに屈したりすることはないが、腹の中に虫がいるとしたら、話は別だ。こちらの情報は筒抜けになり、ハイブが危険に晒されることになりかねん」

「そういうところだよ、おっさん。お前のそういうところが気に入らねぇんだよ!仲間を信用しない奴を、俺は信用しないぞ!」

 ヒザキは吐き捨てて、乱暴にドアを開けると、部屋を出て行った。スーコがおろおろと後を追った。

 マミヤはフーッと嘆息して、一人残ったアキラに言った。

「あいつは馬鹿じゃない。ああは言っても、ちゃんと分かってる。アキラ、お前はゴロウと仲が良かったな。できれば、それとなく探ってくれんか?」

 冗談じゃないと思った。ヒザキのように怒鳴ったりしなくても、アキラはゴロウを慕っている。もし、ハイブがマミヤ派とゴロウ派に別れるのなら、迷うことなくゴロウに付くつもりだった。

「俺…、そんなこと…」

「無理にとは言わん。だが、お前にも分かっているはずだ。お前の頭も、悪くはないからな」


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