「青」天の霹靂・9
「へー。ハマも勉強になりました。アオナシの生徒なのに恥ずかしいかぎりです」
突如、僕の後ろから声が投げかけられる。
「破魔。なんでこんなところに」
ずっと一緒にいるだけあって、声どころか息づかいだけでも人物を特定できる。
「A寮全体ではもう、【獅子宮】に殿方がやってきたのが噂になってまして。帰るのが遅いですし、ラーナがその男性と会っているのかなあ、なんて思ったんですよ。ラーナを探すついでに、あわよくば一足先に見られるかもしれないとこうして散策していましたら、見事に発見しました。こんな時間になってしまいましたけどね」
はんまはんま、と独特すぎる笑い声を、寂れている廊下に響かせる破魔。
「お初にお目にかかります。ハマと申します」
「初めまして。諫早森羅です」
二人ともうやうやしく挨拶する。……また、値踏みをするような目。
「ハマ、年頃の殿方は産まれてこのかた初めて拝見します」
興味津津に、彼の身体をしげしげと観察して言った。
「そんなイメージはあまりなかったけれど、破魔って男は平気なんだね」
「ハマはあの会議でも賛成派にまわりましたよ。大体、男性が嫌いならラーナと同室なんて、気色悪くてしょうがないでしょう」
「悪かったね。服装だけでなく、内面まで男性的で」
心は男性的でも身だけは女性だよ。僕の兄弟ですらそれだけは流石に認めてくれるよ。
「話をちょっと戻すけど、こういうのって、改めて問われないと疑問にもならないからね。他にもアオナシ用語が沢山あるわけだけど、今から言っても理解できないなあ、きっと。それらは後々説明するよ。少しずつ覚えていけばそれで十分だから」
「おお、そうしてくれると助かります」
【お兄さま】だとか、【弟】、【花・星】、クラスを黄道十二宮で表現……そんなもの、一度に説明して覚えられるものでもない。
「男はそれほどまでにいないのですか。大人に至るまで。架空の男を創造するほど、男は微塵も存在感がない。……どこに隠れてやが……――」
彼はなにかを呟いた。しかしその声は、礼拝堂の鐘によって阻害されたので、その部分で打ち止めとなってしまった。四時前のチャイム。八時に消灯のアオナシでは、門限を知らせるチャイムでもある。これを聞いたのなら、すぐさま寮に戻らなければならない。
「キリがいいし、これで解散としておこうか。どうせ僕もすぐ帰らないといけなくなるし」
聞かなかったフリをして、僕はここで切り上げることにしておいた。
「そちらがそうおっしゃるなら、俺としては従うしかありませんね」
僕らはそれぞれの場所へ帰ることにした。どうせこれから、退屈な日々が続くのだ。なにも性急に、今日一日で話を進展させる必要もない。……彼はそうでもなかったようだが。注意深く観察すると、なにやら悔しそうにしていた。
校舎を出て、寮と教員寮の分かれ道になるまで、僕と彼は適当に雑談をしながら歩いた。破魔はそんな僕を、興味深そうに見ているだけだった。
「それでは、明日からよろしくおねがいしますね、梨山さん」
「じゃあね。こちらこそよろしくお願いするよ」
彼は別れの挨拶を口にしながら、それがこれからの自宅になる、教員寮へ帰っていく。
「あっさりしてますね、彼。――あまりハマは会話をしていませんが、雰囲気がラーナにそっくりでした。男性とはあのような雰囲気なんですか?」
破魔は、僕をそんな風に見ている、か。よく見ていること。
「一概にレッテルを貼るのもどうかと思うけど、男性では平均的なんじゃないかな」
「そうなんですか。……ちょっと、ハマの想像とは違いますね」
破魔のお眼鏡には叶わなかったようで。
「……くれぐれも言っておきますが、ラーナのように受け入れてくれるとは限らないですよ。ハマは好奇心が恐怖を上回っているから、こうして自分から探すなんていう蛮族もどきをしたわけですが」
実に痛いところをついてくる。
「そうだよね。――よし、破魔。作戦会議と行こうか。僕にはちょっと、考え事があって。考えを纏める係、頼んだよ」
「はい。ハマしかできない重要なお仕事、真摯にやらせてもらいます」
破魔は、胸を弾ませながらそう言った。いつもの毒舌が綺麗に消えていた。
もう破魔ったら。僕が頼ると、すぐこれなんだから。
僕と破魔が、ことあるごとにしている秘密会議。取り敢えずの議題は、『どうやったら騒動を大きくしないで済むか』かな。破魔という最大の味方。なにがあっても、破魔は僕の傍に居続けるだろう。この異常事態を、なんとか、彼女と乗り切っていきたい。
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