「青」天の霹靂・8
「……ふむ、一つ質問していいですか? 少々踏み込んだものになりますが」
「いいよ。僕が言えることならなんでも」
「梨山さんは女性ですよね。でもその服、明らかに学ランではないですか。世間で云うところの応援団など、そういったものを考慮に入れれば不自然ではないのでしょうが、そういう『ノリ』ですか?」
「【お兄さま】は男装する決まりがあって。普通の制服を改造してあるんだ。改造とは言っても特注だけど。生地からして既に既製の制服とは別物だから、改造ではなく、『新造』というべきなのかな。青制服は【お兄さま】の象徴、『心臓』なのさ」
「その【お兄さま】というのは、一体なんなのでしょうか。おギンも言っていましたが、いまいち掴めなくて」
「うーん……そこまでくると、最初から詳しく説明した方がいいかな」
それを知るにはまず、アオナシ特有の文化を知らなければならない。
金と権力に物を言わせた、広大な私有地の山林地帯。そのド真ん中にある、一際険しい山、その頂にアオナシはその巨大な根を下ろしている。物理的に隔離されているわけだ。せいぜい電気と水道、ガスといった必要最低限のインフラが整えられているだけで、電波すら届かない。テレビどころか、ラジオすら繋がらない有様。現在、外の世界でどんな事件が起きているのかすら、リアルタイムで追いかけることは不可能。外部との連絡手段は、毎週物資の搬入をしている業者を通して行われる手紙くらい。
混じりっ気のない、純粋な女子を育てるためのアオナシで、俗世に塗れては困る。徹底的に、箱庭の要素が強くされている。
アオナシで男を知る生徒は実に少ない。幼等部に五歳から入れられ、それから初等部、中等部、高等部とクラスが上がっていく。一番遅くても卒業したら、すぐに嫁ぐ。それまでの十三年間、男を知れぬよう、徹底的に無菌状態で育てるための土地として機能している。
親兄弟の他には、テレビの向こうでしか男性を見たことがない生徒がその大半。下手をすると、父親兄弟とすら会話もしないように育てられている子がいるほど。
まあ、アオナシに通う生徒は、そうでなくては大人が困るのだ。
生徒の全てが華族であり……声を大にはできないが、家と家を密接に繋ぐ、いわば政略結婚の道具。勉学に励ませるわけではなく、女としての教養をきっちりと身につけるわけでもなく。能力をつける目的はこれっぽっちもない。人間として、無能になる。我が娘を優秀にしたいなら、どうぞ他学園へ。
今時になっては珍しい、完全に男尊女卑な考えが根底にある学園が、アオナシなのだ。
……が。年頃の娘が、全く刺激のない生活を過ごせるはずは当然なくて。
ここで話は少しだけ飛んで、明治時代。高等部二年のとある生徒が、どのような理由かは定かではないが、男装をしていたらしい。男装は高一の一年間だけ行って、それ以降は卒業まで一度もしないまま卒業をしたらしい。
その男装は、とても美しかったと僕は聞いている。それはそれは、彼女は自分の理想とする男性像を、完璧に演じ切ったのだろう。通り名は当然、【お兄さま】だ。
そして、彼女の卒業した数年の後。彼女にとても憧れていたある生徒が、【お兄さま】を模倣して、男装を始めた。初代に倣って高二の一年間だけだ。この彼女は二代目の【お兄さま】として、全校生徒の象徴となった。
まだ【お兄さま】文化のなかった当時は教師からの風当たりがとても強かった。だが二代目のクラスメイトだって、初代に憧れた口。全力で二代目をフォローし、一年間を乗り切った。
翌年、二代目の実妹がまた男装を始めた。三代目となる【お兄さま】の始まりである。三代目もまた、初代に憧れていたのだ。姉が成し遂げたという事実も三代目が男装をする動機となっただろう。
さて、こんな流れが何回も続けば、それは徐々に伝統として、形が出来始めている証拠。
そのようにして無形の文化として誕生したのが、【お兄さま】である。
当初は「ただ男装をして格好良いことをするだけ」だった【お兄さま】も、何代か変遷していくうちに少しずつ格式ばっていく。やれ人を引き付ける人脈が、やれ常に素行の良く……。そうやって、全校生徒の注目となる立場となった【お兄さま】に関連した校則も色々ある。それらは完全に、【お兄さま】ができてからの後付けである。
現在では、毎年の高等部二年生の中で、一番男らしい生徒に、男のような格好、言動をさせ、アイドルとなってもらう(ここで重要なのは、アオナシ生がそう感じるだけ、ということだ。世間一般で通じる男らしさとは根本的に別問題)。加えて外聞だけでなく、人を惹きつけるリーダー性も問われる。「船頭」となって「先導」し「扇動」できる魅力のある生徒こそ、偏見に満ちた歪んだ男性には相応しい。
ついでに、【お兄さま】はその経験を活かし、最高学年になったら生徒自治会長に就任する。佐手さんも去年は【お兄さま】だった。その御姿は、今も僕の目に強く焼き付いている。
そんなことを、固有名詞は避けたり、適宜砕いたりしながら彼に説明した。
「興味深いですね。お嬢さまたちの考えは、一介の男子校性である俺にはなかなか理解できるものではありません。その中でも、教師が認可していることは、不思議でたまりませんね」
「だって今や、教師も仲間っちゃ仲間だからね」
「…………?」
勿体ぶって話すと、彼は話の先が、純粋に興味が出たようだった。
「犯罪というものはだね、取り締まる者の権威が保障されていて、初めて成立するんだよ。女らしく育てる目的の学園側としては、お兄さま制度は許容できるはずがない。形だけ否定はしているんだ。……形だけというのは、警察たる教員たちだって、アオナシの卒業生で構成されているからだ」
「自分が【お兄さま】に熱中した身だから、それを取り締まろうとすると余計に示しがつかない……といったところですか。若さゆえの過ちは、何十年の後にブーメランとなるものですね」
「とは言っても所詮は違反であることは否めない。正式な場では普通の制服を着用、普通の女学生となることで決着とした。僕も今日の始業式は、きちんとした制服で出席したよ」
学園が創立されてから百五十年に近い。そして歴代【お兄さま】の数は百余名。今、アオナシで教鞭を振るっている教員たちもまだ生徒であったころは、【お兄さま】に憧れの一つもしていただろう。また、そのころの先生たちも黙ってはいたはずだ。その先生だって【お兄さま】に憧れていたのだから。
「取り敢えず、目下の疑問は氷解しましたね」
「それはよかった」
いざ説明するとなると難しいものだけど、理解してくれてよかった。




