浮き出た悪意・5
今、僕の爪はちょっと伸び過ぎている。あまり短く切りすぎると、破魔に「ラーナは文字通り、爪の先まで美人なんですから、そういった細かいところを美から切り離すのは好ましくないです」と怒られるから、迂闊に短く切れない。だとしてもこれは長いなあ。一度気になると、授業そっちのけになっちゃうなあ。
……正直、それと大差ないだろう。
それから数日、科学室の一件を皮切りに、あからさまに僕へ嫌がらせの手が強まってきた。気にしなければ気にならない。けれど気にするなら気になってくる。あの人たちの行動はそういった、影に隠れる些細なものだった。しかも陰湿なことに、僕が行動をしている範囲でのみ、そういったことは起こる。僕のクラスはそれほど気にする娘も少ないのだけれど、他の学年にいつ飛び火するか予想できない。
だから僕は、学校を代表する生徒【お兄さま】として、守らなくてはいけないものがある。
「ねえ君たち。放課後、予定があるかな?」
六時間目の授業はベルによって打ち止められた。終学活も終わる。ハクラ先生が退室したのをみた僕は、みんなが散り散りになる前に呼び止めた。
「級長として、【獅子宮】に確かめないといけないことがあるんだ」
僕の発言が、冗談のような軽いものではないと判断してくれた。にわかに教室の空気を張りつめらせる。それぞれが無言のまま、自分の席に再びついた。
「ずばり。今、アオナシを襲っている怪奇現象……この主犯を知っている者がいれば、名乗り出てほしい。明確な根拠を持っているなら、ね」
キーンという音が教室の上から押しつぶす。無言であり無音。
「そうか。この騒動は『妖精がイタズラしている』以上のものにはなっていないんだね」
僕の言葉で、誰が犯人なのか察しがついたようだ。これだけでも僕と思惑を共有する。
「待って梨山さん。これまで梨山さんと何度も衝突してるけれど、どうして今になって突然、こんなことを始めたの?」
クラスの疑問を、巻名君が代弁する。
「それがわかれば苦労しないよ。なにかメリットがあるんだろうね、『彼女ら』にも」
「その顔。梨山さん、実はわかってるのね?」
「はてさて。皆目検討もつかないや。つけたくないや」
精一杯、おどけてみせた。こうでもしないと、僕は僕を維持できない。
「なにか環境が変わったから、かな。今年になってから、梨山がお兄さまになったことと、」
茶畑君が、巻名君を引き継いだ。みんな、分かっていながら「私には分からない」としらばっくれている。その上で、今一度事態を確認するための茶番に、茶畑君に任せている。
二十八の視線が、一つの要因に注がれる。
「――ま、俺だろうな」
「私たちとしては、認めたくないのだけれど……」
巻名君の言葉に、クラスメイトは静かに頷いた。僕も含めて。
「……梨山を笑っていられないくらい、人がいいのな。俺みたいな異物、捨ててもいいんだぜ?どうせもう、そこまで長く居る身じゃねえんだし」
「君の戯れ言なんて聞いてあげない。君は僕らの仲間なんだ。もう、君を逃がしてあげないよ」
今度は僕がクラスの代弁をする。それが級長の役目だと思ったからだ。
「ぞっとするな。女郎蜘蛛かよ」
「知らなかった? 女はすべからく女郎蜘蛛になる素質があるんだよ。【獅子宮】のみんなの小指には、アカい糸が結ばれているんだ」
教室は笑いに包まれた。僕が少し色っぽく言ったことで、余計に。
「取りあえず、先生に相談してみてはどうなのかしら」
巻名君は笑ったまま、僕に言う。
「ああ、それはもうやったよ」
困ったことがあれば、まず大人に相談。昨日の夜、ハクラ先生の部屋を訪れて相談してみた。そのときのハクラ先生は、ゆっくりと息を吐き、こう言った。
『坊ちゃんに任せてみたらどうか。坊ちゃんもカイナ様の血を引くものなら……カイナ様の産んだ子なら、そのくらいできるはず』
自分に言い聞かせるような――ゆったりとした語調だった。諫早を強く信頼している。
「他の先生方にも相談してみても、ハクラ先生と同じか、そうでなくても『自分たちでなんとかしろ』の一点張り。結局、先生たちは介入するつもりがないみたい。大人からすれば、たかが小娘の諍いにすぎないのかもね。……先生だってアオナシの出身のはずなのに、その気持ちを忘れてるんだ」
「そうね。子供心を忘れた大人って、悲しいものだわ。じゃあ、あと力になってくれそうなのは……生徒自治会長さんなんかはどうかしら」
「まだそっちには手を広げてないんだよ」
あまり佐手さんに頼りたくはない。信用できないから、などではなく、ただ単純に、いいところを見せたいという虚栄心だ。
しかし、頼るべき場面で頼らないのは、逆に失礼にあたるか。
「よし、みんなは警戒しつつ、防げるところは防ごう」




