浮き出た悪意・3
「アオに心を奪われると? 我らが布浦様を差し置いて?」
「いえ、そうじゃありません! 梨山様と諫早様に心惹かれていますが、でも私、布浦様も愛しているんです! どちらかなんて選べません!」
……だが、僕らが期待していた、仲睦まじいニャンニャン、ではなかった。
茂みの奥には、【(金牛宮(中二)】の娘と【白羊宮(中一)】の娘がいた。
「梨山『様』? 諫早『様』? どうして布浦様がお嫌うあの二人に、敬称などつけているのかしら。布浦会の会員とはいえ、末端ともなれば、金魚のフンも同然なのかしら。その志を理解できないなんてね」
「そんな……ひどい……」
脅しを入れられている彼女は、か細い声で、助けなどないことを分かっていながらも、それでも天へ向かって救いを求める。
僕らは、つい数秒前とはまた違った理由で沈黙する。
「(脅しているのは麗君。布浦後輩のシンパだったよね。で、脅されているのは、破魔のクラスメイトか)」
「(可成さんです)」
可成君はよく、僕を陰から見ている。会話したことはそれほどないが、まさか、僕と布浦後輩のファンをそれぞれ両立させているだなんて。本人同士ならともかく、その取り巻きだって根本的に相入れないものだと思っていたのに。
「(破魔。これってやっぱり)」
「(アレ、でしょうね)」
「(逃げが存在しないアオナシにおいて、人生を掛けてでも防ぐ価値すらあるもの、だね)」
「(ええ。破魔も昔受けていましたから、他人事には思えません。ハマにはラーナが居ましたが、そう都合よくいきません。だからみんな、自分の居場所を作るんですからね)」
誰でも除け者にされるのは怖いものだ。そんな精神は、封鎖された空間のアオナシではより一層強く感じてしまう。逃げ場がないのだから、足場が崩れ去れば、助けてくれる者はいない。
僕だって、いつ敵が出てきて、味方がいなくなるか分かったものではない。歴代【お兄さま】の中にだって、そういう人は居たという話。【お兄さま】に選ばれる人徳ですらその様。宮中や大奥ではないが、女だけの世界では、こういった問題が表出するのはどうしようもない。不可避な現実。
僕は足音も立てずに十メートルほどその場から離れる。破魔に軽く手招きをすると、無言のままについてきた。
「……は、破魔。なにをするんですの、貴女はぁ……」
開幕の号令も出さず、僕は突然開始する。上ずるような、甘さを含ませた声。茂みからは「ひっ」という声と、がさがさっと粗雑な物音。
瞬間、破魔も全てを理解してくれたようだ。
「――羅紗。わたしはもう、我慢できません。この気持ち、どうか受け止めてください」
あまり声は大きくない破魔ではあるが、やや周りに通るように声を張る。僕は笑いを堪えて震える肩を、涙を流しているフリに変換させる。
「だって、だってわたくしは、【お兄さま】なのよ……? 誰かと付き合うなんて、許されるはずが……しかも、その相手が破魔だなんて……ダメ、みんなを裏切っちゃう――」
「だからこんな外れまで来たんじゃないですか。ここなら誰にも見つかりません。分かってることじゃないですか。ついてきた羅紗は、実は喜んでいるのではないですか?」
「で、でも、」
「それでも嫌がるというのなら、ほら、茂みにでも隠れてしまえばどうとでも」
意外にも力強く、そして興奮しながら引っ張る破魔により、僕はよろけながら茂みに連れられてしまう。
「あ」
「いぃ!」
「う、」
「……え?」
当然、ばったり出くわしてしまうわけで。四者四様の反応を見せ、暫しの間、時が凍る。嗚呼、「お」って言いたい。言いたいけど、空気は読まないと。
「う、あ、その、か、可成さん、」
破魔は途端に冷静になり、周りの眼を気にしながらおろおろ、な演技をする。
「可及的すみやかに言いたいことが!」
そう言って、麗君に有無を言わせえる暇も与えず、破魔は可成君をどこかへ連れ去ってしまう。麗君と僕だけが残されることとなった。
「その……ごめんなさいね麗君。このことはさ、他言無用にしてくれるかな?」
「…………」
僕らが台風のように荒らしたことで、雲はほとんど取り払われたようだった。麗君はポカーンとしていて、かくかくと首を動かすばかり。色々と衝撃的だっただろう。色香の漂う噂に乏しい僕が、よりにもよって破魔とどうのこうのな関係だなんて。
麗君をその場に残して周遊道へと戻るとちょうど破魔が戻ってくるところだった。傍らに可成君がいないから、さっさと寮に帰したか。僕の思惑を打ち合わせもなしによく呑んでくれた。
「ちゃんと【獅子宮】を頼るように言った?」
「当然です」
「トウゼンデスって表現すると、微妙ゲーなロープレで中盤に出てくる序盤雑魚の上位種っぽいよね」
「……意味がわかりません」
ちなみに僕は帰省中、漫画大好きな弟と、ゲーム大好きな弟の部屋に入り浸りまくりな毎日を送ります。
【獅子宮】は誰か一人の耳にさえ届けば、あとは全員共有の財産となる(ただし僕を除く)。布浦会が暴走しても、梨山会とも言うべき集団で抑えつけられる。
大方、可成君は麗君にあれこれ理由を付けてここまで連れだされたのだろう。これはまだ一対一で助かった方。これで二十対一とかで攻められたら、安穏な学園生活は終焉する。
僕の目の届く範囲で、そんなことは起こさせやしない。僕の隣にいる、小さな女の子を守れた頃から、その決意だけは揺るがない。
「それよりさ、破魔……ノリノリすぎやしなかったかな」
「うるさいですねえ。ハマが毎晩妄想している『実は初心な先輩を手篭めにする』をラーナに無理矢理当て嵌めて演技してただけなんですから、そちらこそ文句言わないでください」
それは演技に熱も入るというものか。熱が入り過ぎだった気もするけれど。
破魔の好みのタイプって、どんな女性なのだろう(女性なんですよ当然の如く)。んー、その「実は初心」って、まさか僕のことじゃあないよな。だって僕、初心じゃないし。
「はいはい……それじゃ、散歩に戻ろうか」
それから僕らはデートを楽しんだ。早速、この後に控えているであろう問題の悪寒を、春の空気で薄めながら。




